Chapter 605 地球はプラスチック(鉱物)ではない

生き物の定義は動くものである。
動くものはすべて生き物である。
従って、動物・植物・鉱物はすべて生き物であり、動物つまり動く物という定義からすれば、動物も植物も鉱物もすべて動物であるのですから、動物・植物・鉱物という区分けは間違っています。
キリスト教の密教的存在である神智学では、父なる神・神の子イエス・キリスト・聖霊の三位一体説を展開していく中で、動物・植物・鉱物を定義していて、動物を一番上位に置き、動物にも段階があって人間が最上階に位置し、更に人間にも段階があって、それは霊体のレベルで決められ最下位に肉体を置き、その上にエーテル体、アストラル体、メンタル体、コーザル体そして最上位に神体を置き、すなわち聖霊のレベルとしているのです。
人間は神に至る過程の常に最も進化した動物であると言うわけです。
それでは地球という動く物体は一体どの位置にあるのでしょうか。
地球も動いているのですから生き物です。
神智学は、地球は鉱物の一種であり植物よりも動物よりも下位にあると言うのでしょうか。
地震や台風で人類は大打撃を受けても自然災害と嘯いておりますが、一体誰が人類に大打撃を与えたのでしょうか。
それでも地球は動物や植物よりも下位の鉱物と言えるでしょうか。
しかし地球は間違いなく鉱物で構成されています。
太陽は殆どが水素という原子番号一番つまり最も原始的な鉱物で構成されているのですが、太陽は人類よりもずっと下位の生き物と言うのでしょうか。
動物・植物・鉱物という区分けが間違いの元になって、人類は地球を舐めて掛かっているのです。
未だ目にしたことのない神などを崇めてきた人類は、自分たちの足下にある地球を足蹴にしてきたのです。
未だ具体的な恩恵を蒙ったことのない神などに感謝してきた人類は、これまでずっと衣類や食物や住居、そして生命の源泉・息の基である空気といった具体的な恩恵を与えてきてくれた地球に何の感謝の意も持っていないのです。
拙著「神の自叙伝」で、わたしたちの最も身近な神は地球であり、地球にも意識があって名前を「カミ」としたのも、そういった想いからであります。
わたしたちの生みの親である地球の意識、太陽の三男坊である地球の「想い」である「カミ」が今、「もういい加減にしろ!」とわたしたち人類に叫んでいるのです。
地震や台風は、地球が怒りでその体をぶるぶる震わせている叫び声なのです。
地震や台風に全く無力であり、科学技術の粋で以ってしても為すすべもないわたしたちは、鳥類たちが地震予知器よりも逸早く地震を察知しているにも拘わらず、動物・植物・鉱物と区分けして、植物や鉱物よりも上位の動物の更に最上位の人間として地球上に君臨しているつもりなのでしょうか。
一方観点を変えて現代日本人を観察してみますと、ますますプラスチック人間に成り下がっています。
プラスチックは鉱物ですから、成り下がっていると言っていいのでしょう。
特に現代日本の若者を見ていると、総プラスチック人間に成り下がっているとしか思えません。
他人と違ったことをすることを極端に恐れる、蝋人形のように表情がまったく無い一方で、「ムカツクッ!」、「キショッ!」という意味のない擬声音と共に時折怒りの表情を見せるだけであります。
地球の想いである「カミ」も彼らを見て、「ムカツクッ!」、「キショッ!」と叫んでいるのです。
総プラスチック人間が、「ムカツクッ!」、「キショッ!」という想念で臭い息を吐き続ける限り、地球も体をぶるぶる震わせ、「ムカツクッ!」、「キショッ!」と叫び続けて地震や台風といった自然災害を送り続けるでしょう。