Chapter 614 無知蒙昧な人間

二十世紀特に後半は科学技術の進歩で豊穣な生活が実現された時代だと言われていますが、それは先進国家だけの話であり、世界に200余りある国家の中でひと握りだけのもので、戦争に明け暮れている国や飢えで苦しんでいる国がまだまだあるのが実態であります。
わたしたち人間という部分にとっての全体である地球にも二元論が厳然と働いているわけです。
たまたま現在の日本という国が先進国の仲間入りができたから、わたしたちは豊かな生活を送ることができているだけで、50年前の敗戦直後の日本は現在の北朝鮮やアフリカの飢えで苦しんでいる国と変わらなかったのです。
日本の近代化は明治維新後に為されてすでに150年近くになりますが、近代化がはじまって100年近くが経過した当時でも、ひとたび戦争に敗けると悲惨な目に遭ったのです。
自然の災害が襲ってくると、科学技術の先端を行くアメリカや日本でも手の打ちようがないのが現代先進社会です。
先進国における豊かさを支えている科学技術力というものも、自然の災害相手ではガラス細工のような脆弱さであることを露呈している昨今であります。
先進国だから豊かであるという考え方は極めて危険なものであります。
豊かさというものも、貧しさあってのもので、貧富二元論が厳然と働いていることを肝に銘ずべきであります。
わたしたちの豊かさは、飢えや戦争で苦しんでいる多くの国の貧しさに支えられているものに過ぎないことを知るべきであります。
自分たちの豊かさは、自分たちの努力の賜物であると思うのは傲慢さ以外の何者でもないのです。
所詮部分としての豊かさを享受しているだけのことであり、全体としての豊かさが実現しない限り、二元論の法則に沿って振り子は豊かの極端から貧しさの極端に揺り返すのであり、それがアメリカや日本で起きている自然災害であり、これからも続くでしょう。
アメリカという国は南北戦争以来、外国で戦争をしてきただけで、国内が戦場と化した経験がまったくありません。
先進国という定義は、国内が戦場と化さない国のことだと言ってもいいわけで、結果、豊かさを享受しているだけで、戦場と化した国は悲惨な苦しみを蒙っている。
これが二元論の現実であります。
アメリカ人やわたしたち日本人が拝金教にのめり込んでいるのは、二元論の対局にある国を実際に目の当たりにした経験がないからであります。
アメリカ人の中で海外に出かけたことのある人は20%程度だけで、80%のアメリカ国民は井の中の蛙なのです。
日本人はまさしく総島国根性です。
他人の塗炭の苦しみを知れば、明日は我が身であることを知ります。
現在のアメリカ人も日本人も他人の塗炭の苦しみを知らない井の中の蛙なのです。
“自分さえ豊かであればそれでいい”という考え方に疑問を感じていないのです。
自然の災害は、そういう無知蒙昧な人間に二元論の法則と、全体と部分の相対性の法則と、人間としての在り方と考え方を教えているのであります。
無知さ加減を続ける限り、自然からの教育は更に続けられるでしょう。