Chapter 618 目的志向の時代から過程志向の時代へ

近代は科学技術を発展させた結果、目的志向の時代でありました。
目的志向は、『今、ここ』を生きることを許容しません。
目的志向は、如何に遠くの未来と過去を志向するかどうかでその質を競うからです。
近代社会の最先端を走るアメリカ人は目的志向の塊のような生き方をしているからでしょうか、彼らの49%が毎日睡眠薬を飲まないと眠れない完全不眠症患者であり、1週間のうち3日は睡眠薬を飲んでいる半不眠症患者を合わせると89%にも上ると言われているのも肯けます。
心療内科という病院が日本でも激増していますが、ここにも日本がアメリカのあとを追いかけている兆候が現われているようです。
不眠症の原因が過去や未来への思いを競う目的志向にあることは火を見るよりも明らかです。
不眠症は病気の一種ですが、非眠は病気ではなく病気の不在で以って定義される健康のバロメーターであります。
つまり不眠症とは眠っているにも拘らず眠っていない感覚(幻覚)症状なのです。
眠っているのに眠っていないと思う脅迫観念であって、夜道を歩いていてうしろから見えぬ陰が随いてきていると思い込んで逃げ走るが、見えぬ陰は自分の陰なのだから逃げ切れるわけがないのです。
脅迫観念とは未だ見えない遠い未来に思いを馳せる目的志向に外ならないのであって、その極致に死の観念が横たわっているのであります。
死はやって来たら起こるのです。
死はやって来なかったら起こらないのです。
生もやって来たら起こるのです。
生もやって来なかったら起こらないのです。
つまり生も死も、『今、ここ』に来なかったら起こらないのです。
起こるのは必ず、『今、ここ』です。
更に、『今、ここ』の『今』と『ここ』が同時に起こらないことは、ハイゼンベルグの不確定性原理が物語っています。
生と死は同時には起こらないのです。
つまり宇宙は世界は人生は目的志向ではなくて、過程志向であることを物語っているのです。
旧約聖書に書かれているヤーベ(エホバ)の神は人間に偶像崇拝を禁じました。
しかしイスラエルの民は神の命令を再三破って偶像崇拝しては国を追放され、最後には二千年にも及ぶ放浪生活を強いられ、やっと1948年に自分の国を取り戻すことができたのですが、その日以来アラブの人たちとの軋轢が今日まで続いているのが、イスラエル・パレスチナ紛争であります。
つまり彼らの宗教に依れば、エホバの神は未だイスラエルの民が偶像崇拝を止めていないと判断していることを彼らはわかっていないことに帰結するのです。
彼らこそ目的志向の権化であると言うか、目的志向の歴史の化石と言っても過言ではありません。
シルクロードを往来して商売の基礎をつくったのも彼らであります。
金融業の原点である金貸し業の基礎をつくったのも彼らであります。
すべて聖書に書かれている通りであります。
目的志向のバイブルこそ聖書であります。
近代がキリスト教圏の世界から幕開けされた所以であります。
挙げ句の果てが、総国民不眠症患者であります。
過去・未来に思いを馳せることで以って競う目的志向がその元凶であるのです。
近代資本主義思想の原点にも、この目的志向が横たわっており、資本主義の極致である拝金主義はまさに目的志向の権化です。
目的志向から解放されたら不眠症も解消されます。
不眠症を解消したら目的志向からも解放されます。
不眠症を解消するには、非眠を経験することです。
不眠症とは眠っているのに眠っていないと思い込む幻覚症状です。
非眠とは本当に眠らないで醒め続けることです。
その違いを認識する方法は、夢を観るか観ないかにあります。
夢を観ているなら眠っている証拠です。
夢を観ていないなら眠っていない証拠です。
あなたは昼間夢を観ていない、それならあなたは眠っていない。
あなたは昼間夢を観ている、それならあなたは眠っている。
あなたは夜間夢を観ていない、それならあなたは眠っていない。
あなたは夜間夢を観ている、それならあなたは眠っている。
あなたは昼間も夜間も夢を観ていない、それならあなたは一生眠っていない。
あなたは昼間も夜間も夢を観ている、それならあなたは一生眠っている、それが不眠症の正体であり、目的志向の正体であり、戦争の正体であります。