Chapter 622 『今、ここ』の色

朝・昼・夜を繰り返しながら春・夏・秋・冬を繰り返すのが、わたしたちの一日一年の人生であります。
三つのシフトつまり三つの形態(ゲシュタルト)を繰り返しながら四つのシフトつまり四つの形態(ゲシュタルト)を繰り返している。
つまり七つの形態(ゲシュタルト)を十二の組み合わせ(シフト)で繰り返しているわけです。
中国の易学は、干支(えと)つまり十干と十二支の組み合わせで人間の命を推理するつまり命理の学問であります。
易学の「易」とは易(か)わるという意味、変化するつまり運動するという意味を持っています。
十干とは甲(木の兄−きのえ)・乙(木の弟−きのと)・丙(火の兄−ひのえ)・丁(火の弟−ひのと)・戊(土の兄−つちのえ)・己(土の弟−つちのと)・庚(金の兄−かのえ)・辛(金の弟−かのと)・壬(水の兄−みずのえ)・癸(水の弟−みずのと)であり、十二支とは子(鼠−ね)・丑(牛−うし)・寅(虎−とら)・卯(兎−う)・辰(竜−たつ)・巳(蛇−み)・午(馬−うま)・未(羊−ひつじ)・申(猿−さる)・酉(鶏−とり)・戌(犬−いぬ)・亥(猪−い)という所謂わたしたちが一般に言う干支(えと)でありますが厳密に言えば、十干と十二支の組み合わせであります。
易学が複雑で理解困難なのは、これだけ多くの組み合わせの煩雑さが原因であるのですが、要するに朝・昼・夜・春・夏・秋・冬の七つの形態(ゲシュタルト)を十二の組み合わせで考えれば理解し易いのです。
春の朝、春の昼、春の夜。
夏の朝、夏の昼、夏の夜。
秋の朝、秋の昼、秋の夜。
冬の朝、冬の昼、冬の夜。
計十二の組み合わせで、自己が立っている『今』の時間軸から見える『ここ』の空間軸の基本とするのです。
わたしという自己が立っている、『今』という時の流れが唯一静止している時間軸から見える『ここ』という空間軸は『秋の朝』の光景であります。
光景つまり光が発する景色はすべて『秋の朝』の色である。
わたしにとっての『秋の朝』の色は薄紅色であり、秋とは緑の葉が、すなわち葉緑素がどんどん幹や根に戻る結果回復する基の色が紅色であり、秋とは緑色から紅色に易わる四季の一つであるのです。
その色が基調になって、自分の人生の色合が決まるのです。
従って、わたしの人生における、『今、ここ』の色合は薄紅色であり、わたしの回りの他者の映像の色基調は薄紅色であり、日々『今』という時間軸が移ろい易わって行くのであります。
色基調は夫々個人によって違うのが個性に外なりません。
『今、ここ』を朝・昼・夜・春・夏・秋・冬の七つの形態(ゲシュタルト)で十二のシフトつまり組み合わせで捉えてみると、『今、ここ』を実感し易くなる、但しそのためには五感と第六感である「想い」の感性が敏感でなければなりません。