Chapter 623 五感の色・「想い」の色

光は粒子体(光子体−フォトン)であり、波動体でもあります。
光は物質でもあり、エネルギーでもあります。
従って、肉体でもあり、意識でもあり、五感でもあり、「想い」でもあります。
わたしたちが肉体でもあり意識でもある、また五感でもあり「想い」でもあるのと同じであります。
光が粒子体(光子体−フォトン)である時は波動体ではなく、波動体である時は粒子体(光子体−フォトン)ではないのは、ハイゼンベルグの不確定性原理が解き明かし、光はガラス窓からは部屋の中に入ってくるのに、カーテンの窓からは入ってこないことで立証されています。
静止していたら運動していない状態が粒子体の状態であり、運動していたら静止していない状態が波動の状態であると言ってもいいでしょう。
従って、肉体である時は意識ではなく、意識である時は肉体ではない、五感である時は「想い」ではなく、「想い」である時は五感ではないと言ってもいいでしょう。
光と電波は同じであり、電波によってわたしたちの肉体情報と意識情報が伝達される結果、テレビやパソコンなる映像情報(五感および六感情報)の再生機械が発明されたのです。
伝達されるものはすべて映像情報(五感および六感情報)であり、二元論情報であり、部分情報であり、考え方情報であり、つまり情報であり、波動体であるということです。
伝達され得ないものはすべて実在するものであり、二元論であり、全体であり、在り方であり、情報ではないものであり、粒子体であるということです。
本当の自分である「わたし」は実在であり、偽者の自分である無数の「私」は情報であり、五感や六感である「想い」で感知できるのは偽者の「私」であるのです。
実在するものは感知できないのであり、感知できるものは実在するものではないのです。
過去や未来に思いを馳せているのは過去情報や未来情報であり、実在するものではないのです。
『今、ここ』にいるのが実在するものですが、残念ながら五感や「想い」では感知できない。
それが自分が在るか無いかの区分けであり、延いては他者が在るか無いかの区分けでもあります。
自他の区分けがあるのは情報の話であり、映像の話であります。
島を認識できるのは顕在意識および潜在意識の話であり、集合意識の話ではありません。
陸を島と陸に区分けすることはできません。
陸は陸のみでありますが、島は陸と島を区分けします。
自己同化(Self-identify)とは他者同化(Other-identify)に外ならないのであり、同化(Identify)そのものであり、分化(Divide)そのものであります。
自他の区分けが自己同化(Self-identify)であり、他者同化(Other-identify)であり、同化(Identify)であり、分化(Divide)であり、差別(Discrimination)であり、情報(information)であり、波動体であり、色情報であります。
色は光が波動体の状態での現象であり、波動体の波長の程度で赤色から紫色までの七色に分かれる可視光線と、赤外線や紫外線のような不可視光線があります。
五感で認識できるのは赤色から紫色までの可視光線であり、不可視光線は六感である「想い」でしか認識できませんが、光線という波動体であることには変わりありません。
朝・昼・夜・春・夏・秋・冬はまさしく波動体の現象であり、色の現象に外ならないのです。
波長が極端に長くなったり短くなったりすると赤外線や紫外線のような不可視光線になりますが、波長が適当な長さであれば、赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の七色の可視光線になります。
朝・昼・夜・春・夏・秋・冬は紫・藍・青・緑・黄・橙・赤という色の表象に外ならないのであります。
一日・一年という時間は紫外線と赤外線という不可視光線に外ならないのであります。