Chapter 625 『今、ここ』の匂い

犬は人間の嗅覚に比べると100万倍あると言われるぐらい嗅覚が発達した生き物です。
鮭が生れた川に戻るのは水の匂いを憶えているからです。
彼らは40万種類の匂い(匂い分子)を嗅ぎ分けることができると言われるのに対し、わたしたち人間は3千から1万種類の匂いしか嗅ぎ分けることができないそうです。
空中に漂う物質の匂い分子が、鼻の穴(鼻腔)の奥にある嗅上皮に伝わると、嗅上皮はいつも粘液が流れていて、匂いの分子が滲み込み、嗅上皮の奥にある嗅細胞に伝わります。
嗅細胞の数は人間で3千万から5千万個、犬は2億個あって、鼻の穴(鼻腔)の長さに比例する。
嗅細胞に伝わった匂いの分子は電気信号に変わって最終的に大脳皮質の嗅覚野に進み、40万種類ある匂いの識別をするのです。
まさに大脳皮質の判断機能の発揮であります。
同じ匂いをずっと嗅いでいると匂いを感じなくなる。
しかし、時間が経ってから同じ匂いを嗅ぐと憶えている。
匂いの特定をするのは難しいが、記憶としては消えにくいことを示唆しています。
匂いは右の側頭葉に記憶されています。
五感で感じるものは過去情報の記憶であることの証左であり、わたしたち人間では3千種類から1万種類の物差しがあるのですが、電気信号に変わると結局は光の波動体になる結果、伝達速度は速くなるが二元論の法則に則してしまうことになる。
つまり匂いの記憶としては3千から1万種類あるのだけれども、大脳皮質−特に人間の場合の新皮質−では二元論的判断をしてしまうことになる。
匂いの記憶として消えにくいが、特定をするのは難しい所以であります。
3千から1万種類あった匂いの記憶が善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富・・・幸・不幸、天国・地獄、神・悪魔の二種類に収斂されてしまうわけです。
視覚情報であっても、聴覚情報であっても、嗅覚情報であっても、記憶としてだけなら無数の種類があるのだけれども、視覚情報なら色情報の紫・藍・青・緑・黄・橙・赤に収束され、聴覚情報なら音情報のド・シ・ラ・ソ・ファ・ミ・レに収束され、嗅覚情報なら3千から1万種類の匂い情報に収束され、最終的には大脳新皮質では善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富・・・幸・不幸、天国・地獄、神・悪魔の二種類に収斂されてしまうのが人間であると言っていいでしょう。
結局の処、どんな情報でも記憶としては在りのままの状態なのですが、大脳新皮質では味噌・糞二元要因のどちらかに無理やり区別されてしまうのが人間の性であるのです。
記憶を基にした夢の中では、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富・・・幸・不幸、天国・地獄、神・悪魔といった二元論が機能していないから、殺しも盗みも姦淫も平気でできるのです。
自分の波動体としての特性こそが個性であり、個性を見出すことが自立の真の意味であり、真の自由は真の自立から得られるのであり、『今、ここ』という電車に乗って、窓外の景色である朝・昼・夜・春・夏・秋・冬を紫・藍・青・緑・黄・橙・赤で感じるか、ド・シ・ラ・ソ・ファ・ミ・レで感じるか、3千から1万種類の匂いで感じるかの感度が必要です。
他の生き物はすべて自分たちの得意とする五感で感じているのです。