Chapter 638 犬と猿と人類

人類が二本足の動物になって人間になった。
二本足になることで脳の位置が高くなり、地球の重力の影響が減少した結果、脳の発達を促進し、知性を司る大脳新皮質を生み、考える能力を得た。
アダムとイヴが禁断の実を食べたのは、まさにこの瞬間(とき)であったわけで、エデンの園の話は象徴的に表現しているだけで、実は人類が四本足動物から二本足動物へ変身した出来事を意味しているのであります。
二本足になって知性を得た背景には、野生の生き物の本質である外敵に対する警戒心があったのです。
野生とは警戒心そのものと言ってもいいでしょう。
野生の生き物に警戒心が備わっている理由は、先ず自然の食物連鎖に関係があります。
つまり、“食う、食われる”の世界が自然という野生の世界であり、食物連鎖の法則は野生に外ならないわけです。
食物連鎖の法則は、宇宙全体を貫く熱力学第一法則つまりエネルギー保存の法則の地球バージョンに外なりません。
エネルギー保存の法則とは、宇宙に存在する物質の総質量つまり総エネルギー量は不変であり、増加もしなければ減少もしないというものであります。
般若心経にある、「不生不滅・不垢不浄・不増不減」とはまさにエネルギー保存の法則を言っているのであります。
エネルギーの総量は増えもしなければ減りもしない、ただその姿を変えていくだけである。
ダムに溜まった水が流れ落ちることによって電気に変わる。
ライオンがシマウマを食べることでシマウマの体がライオンの体に変わり、ライオンが死ぬことで土壌の肥料になり、土壌の肥料を食べた草の体に変わり、やがて草を食べるシマウマの体に戻るのが食物連鎖であります。
総量として何ら変わらないのです。
更に、宇宙には熱力学第二の法則があります。
熱力学第二の法則とはエントロピーの法則と言って、エネルギーの総量は増えもしなければ減りもしないが、その姿を変化させていくという熱力学第一の法則を受けて、姿を変化させたエネルギーは元のエネルギーには絶対戻らない、所謂再使用不可能なエネルギーであるエントロピーになってしまうというものであって、使用済みのエネルギーは二度と使用可能なエネルギーには戻らないわけです。
エネルギーの総量は不変ですが、その質は使用可能なものから使用不可能なものに変わっていくのです。
宇宙を貫くエントロピーの法則の地球バージョンが、ダーウィンの自然淘汰説であり、所謂、弱肉強食の世界であります。
強い者が弱い者を食べる鉄則であり、強い者は使用可能なエネルギーを維持し、弱い者は使用不可能なエントロピーになる運命を自然は課するのです。
全体の中に溶け込んで生きている生き物は、この二つの法則を無意識のうちに熟知していて、その結果警戒心を持つに至るのであり、警戒心とはまさに自然淘汰の弱肉強食の世界の宿命に外なりません。
猿類であった人類が二本足になることで、知性という新しい警戒心を持つに至った結果、生き物の世界を制覇することで人類だけの世界観つまり固有の世界観(部分観)だけになってしまい、その背景にある二つの法則を忘れてしまった。
トップに立つ者の宿命で、全体の中に溶け込んでいることをつい忘れてしまい、“木を見て森を見ず”になってしまった。
強者必衰の原理とは、“木を見て森を見ず”のことであり、全体と部分の相対性の法則の忘却であります。
人類という生き物は、嘗ての恐竜が経験した強者必衰の原理をいよいよ受ける段階に入ったと言っても過言ではありません。
二十世紀に入っての人口の爆発的増加が裏づけています。
宇宙に歴然と機能する熱力学の法則が、地球という自然の世界では食物連鎖の法則と自然淘汰説となって循環しているのですが、循環を阻害する者は強者必衰の原理で以って除外されるのです。
二千年前には3億しかおらず、1500年間にわずか4.3億にしかならなかったのに、その後の500年間で63億になり、しかも二十世紀の100年間だけで16億から61億に増え、二十一世紀に入って更に増え続けている人類が、食物連鎖の法則と自然淘汰説を逸脱して、強者必衰の原理が働く道に驀進していることは確かであります。
その根源は知性という警戒心を得たことにあるのですが、更なる根源は、時間の観念を持つに至った点にあると言ってもいいでしょう。
太陽という光や熱が、外敵から身を守ってくれる手段になることを知った人類はやがて、太陽を崇拝する信仰に目覚めてゆき、宗教誕生の原点になります。
太陽はずっとその姿を現わしているのではないことから、朝と昼と夜の区分けが生じます。
一日という時間の誕生です。
空に浮かぶ太陽の位置の高さが変化することで、寒くなったり熱くなったりすることから、春、夏、秋、冬の区分けが生じます。
一年という時間の誕生です。
知性の朝焼けとは、まさしく時間の概念の誕生と言っても過言ではありません。
その結果、人類に過剰な警戒心が生れ、過剰な警戒心は臆病を生み、臆病が昨日を悔やみ、明日を思い患う四苦八苦の原因をつくっていったのです。
“犬猿の仲”という諺があります。
犬と猿は仲が悪いと言っているのですが、犬は一日中ぼっとのんびり寝て暮らすことができる生き物ですが、猿は一日中何かしていないと収まらない生き物です。
口の中に食べ物を溜めておいて、一日中食べていないと心配で仕方がないのです。
人間の特性はやはり猿から引き継がれたものであることは、猿にも大脳新皮質があることがその証明であります。
一日・一年に追われるような生き方をしている猿や人類は、永遠に四苦八苦から解放されることはなく、やがて強者必衰の原理が襲ってくるのです。