Chapter 646 聖職者の光と陰

聖職者がいた時代は四次元質*量の世界つまり質を重視した時代であったと言えます。
日本では、戦前から戦後20年つまり東京オリンピックから大阪万国博覧会の頃までは、聖職者がまだいた時代です。
それまで日本人の平均月収が7〜8万円以下であったのが、数年間のうちに30万円近くにまで跳ね上がった頃です。
世界的には、ニクソン・ショックまでの時代で、その後の世界は三次元量的世界つまり量ばかりを追求するようになって行き、1985年にニューヨークのプラザ・ホテルで開催されたG5で決議された所謂プラザ合意によって、世界は一気に拝金主義の坂をごろごろと転げ落ちて行ったのであります。
1985年のプラザ合意に呼応するように、日本ではバブル経済が発生しました。
1972年のニクソン・ショックとは、紙幣つまりお金が金(Gold)に交換できないことを宣言した出来事ですが、日本では石油ショックと言われ、トイレットペイパーまで買い占められたモノ不足の時代に突入して行ったのです。
1985年のプラザ合意とは、ドル以外の紙幣は紙切れであることを宣言した出来事ですが、日本では紙切れの日本円を追いかけるマネーゲームが発生し、バブル経済が起こったのです。
モノを追求し、やがて金を追求して行く先に待ち受けている終着駅が、拝金主義であるのは当然の結果であります。
拝金主義は、それまで聖職であった職業をすべて堕落した金儲けの商売に変えてしまったのです。
拝金主義に陥った嘗ての聖職者である政治家・役人・教育者・医者・宗教者たちと共謀したのがマスコミであり、マスコミの極みがテレビであり、インターネットであり、今や二十一世紀に入った日本は一億総拝金主義者に成り下がってしまった様相であります。
聖書の中に、“ソドムとゴモラ”の話があります。
唯物主義と拝金主義に陥った結果、酒池肉林の世界に堕落したソドム−ソドム(Sodom)の町の名前からsodomy=男色、獣姦という意味の言葉が生れた−の町の人々は、神の怒りに触れて滅ぼされてしまう話ですが、まさに現代日本社会はソドムの町の様相そのものであります。
地震・台風といった天災が異常に発生しているのは神の怒りなのでしょうか。
神の怒りを鎮めるには、わたしたちひとり一人が、聖職者たちの復活を求める想いを持つようになることが不可欠であります。
何故ならば、神と対話できるのが聖職者たる所以であるからです。