Chapter 654 ニュートラルな生き方(2)

わたしたち人間は、動物という固体の肉体と五感を持った物質であると言えます。
哺乳類であるとか、ホモサピエンスであるとか、万物の霊長であるとか、神が人格化したものであるとか言っているのは人間自身だけであって、自然すなわち地球からすれば、動物という固体の肉体と五感を持った一物質に過ぎないのであります。
星としての地球が全体観として在り、その下に動物・植物・鉱物・分子・原子・原子核・素粒子に細分化されており、それぞれが固体の肉体(全体観)と五感(部分観)・液体の肉体(全体観)と五感(部分観)・気体の肉体(全体観)と五感(部分観)・プラズマの肉体(全体観)と五感(部分観)の形態で以って存在しているわけです。
つまり地球も、星という形態での固体としての肉体と五感を持っており、自転と公転をすることによって、肉体から生じた意識、五感から生じた「想い」を持っているのです。
わたしたち人間も、動物という形態での固体としての肉体と五感を持っており、地球と同じように自転と公転をすることによって、肉体から生じた意識、五感から生じた「想い」を持っているのです。
草木といったものも、植物という形態での固体としての肉体と五感を持ち、自転と公転をすることによって、森となったり草原となったりして、肉体から生じた意識、五感から生じた「想い」を持っているのです。
岩や石や金といったものも、鉱物という形態での固体としての肉体と五感を持っており、自転と公転をすることによって、山となったり谷となったりつまり陸となって、肉体から生じた意識、五感から生じた「想い」を持っているのです。
水というものも、鉱物という形態での固体、液体若しくは気体としての肉体と五感を持っており、自転と公転をすることによって、氷河になったり海や川になったり雲になったりして、肉体から生じた意識、五感から生じた「想い」を持っているのです。
最近流行になっているイオンといったものも、鉱物という形態のプラズマとしての肉体と五感を持っており、自転と公転をすることによって、四万十川やルルドの水のようなイオン水となって、肉体から生じた意識、五感から生じた「想い」を持っているのです。
水素、酸素、窒素、炭素といった分子・原子も、鉱物という形態の気体若しくは固体としての肉体と五感を持っており、自転と公転をすることによって、大気つまり空になって、肉体から生じた意識、五感から生じた「想い」を持っているのです。
ニュートリノやクォークといったものも、鉱物という形態での固体としての肉体と五感を持っており、自転と公転をすることによって、素粒子になって、肉体から生じた意識、五感から生じた「想い」を持っているのです。
地球も、わたしたち人間も、草木も、エベレストの山や富士山も、太平洋や大阪湾の海も隅田川や淀川の水やルルドの水も、水素も酸素も窒素も炭素も、分子という形態での肉体と五感を持ち、自転と公転をすることによって、肉体から生じた意識、五感から生じた「想い」を持っているのです。
わたしたち人間は、動物という固体の肉体と意識、五感と「想い」を持った一物質に過ぎないことを理解すべきで、その中でのニュートラル性は固体の肉体(全体観)と五感(部分観)であり、意識と「想い」であります。
自転をするつまり独りで生きることによって肉体と意識という自己の全体観を自覚して、公転をするつまり地球と生きることによって、五感と「想い」という自己のアイデンティティー(部分観)を持つことこそが、本当の自分である「わたし」を知ることであります。
自分を知るには、地球と一体になって自転と公転をすることに尽きると言っていいでしょう。
つまり母なる大地である地球を自己の肉体の一部として感じる生き方をすることが肝要であります。