Chapter 655 ニュートラルな生き方(3)

わたしたち人間は、動物という形態での固体としての肉体と五感を持っており、地球と同じように自転と公転をすることによって、肉体から生じた意識、五感から生じた「想い」を持っている地球の一物質に過ぎないと申しました。
地球は自転をすることで、星という形態での固体としての肉体と意識を持ち、公転をすることで太陽の部分として感知する五感と「想い」を持っています。
わたしたち人間は自転をすることで、動物という形態での固体としての肉体と意識を持ち、公転をすることで地球の部分として感知する五感と「想い」を持っています。
五感や第六感である「想い」で感知する外界つまり他者とは地球という全体を部分から感知することに外ならないのであって、他人だとか、景色だとか言っても、それらはみんな地球という全体の一部を鳥瞰しているだけに過ぎないのです。
自転しながら公転しているつまり円回帰運動する地球上にわたしたちは立っているのに、わたしたちは恰も静止しているかのように思って、動く他者を鳥瞰している。
500年前までは天動説が信じられていたことを不思議に思うわたしたち現代人でありますが、実は同じ過ちを今でもわたしたちはしているのです。
自分たちが立っている地面である地球は自転と公転をしているにも拘らず、自分が静止していて他者が動いているように思っているが、自分自身が動いているから他者が動いているように見える錯覚であるのです。
他者とは全体の地球であり、地球はまた太陽の部分として静止していると錯覚しながら動いているのです。
わたしたち人間が、動物という形態での固体としての肉体と五感を持ち、自転と公転をすることによって、肉体から生じた意識、五感から生じた「想い」を持っていると申しましたが、わたしたち人間にとっての自転とは三次元立体物が立体(空間)運動することであり、公転とは四次元(質*量)物が全体観として四次元円回帰運動をし、部分観として二次元平面運動することだと言えるでしょう。
自転が「在り方」であり、公転が「考え方」であると申しました所以です。
三次元立体物であり三次元立体(空間)運動しているのが、本来のわたしたちの「在り方」なのですが、公転することによって生じた「考え方」で以って四次元円回帰運動しているとも想い、二次元平面運動しているとも想えるのです。
悟りを得ていない、つまり一日一年中眠っているわたしたち凡人は、「在り方」で生きていることを自覚しておらず、「考え方」で生きていると思い込んでいる結果、自己が拠って立っている処が静止していると錯覚し、二次元平面運動をしていると錯覚しているのです。
悟りを得て一日一年中覚醒することができれば、先ず三次元立体(空間)運動している自己を自覚して、更には四次元円回帰運動していることまで気づくことができるのです。
それが本来の「在り方」であり、ニュートラルな生き方であります。
地球上に存在する物質はすべて、線(一次元要因)・距離・平面(二次元要因)・面積・立体(三次元要因)・体積・質(四次元要因)・質量・線運動・線運動量・平面運動・平面運動量・立体(空間)運動・立体(空間)運動量・円回帰(時空間)運動・円回帰(時空間)運動量の十六通りの「在り方と考え方」の中に閉じ込められており、本来の「在り方」は線・線運動・平面・平面運動・立体・立体(空間)運動・質・円回帰(時空間)運動の八通りなのです。