Chapter 657 人類は対消滅する

わたしたち人間も全体観としては地球そのものであり、部分観としては動物という形態での固体としての肉体と五感を持った物質であり、人間という表現は人間が勝手に決めただけのことであり、決して万物の霊長や神の人格化した特別な存在などではありません。
更に言えば、地球上の他の物質はすべて、自己の全体観と部分観を自覚しているのに対して、人間だけが全く自覚していない点においては、万物の霊長どころか地球世界の唯一の元凶だと言われても仕方ありません。
ペットとして飼っている犬や猫たちとわたしたち人間は、全く同じカテゴリーの動物という形態での固体としての肉体と五感を持った物質であって、彼らは嗅覚の発達した物質であるのに対し、人間は視覚の発達した物質である点だけが違いであります。
視覚が発達した物質である点が視線を高める日常行為をしていて、結果的には地球つまり自己の重力の影響を軽減して大脳を発達させることができ、運動神経(反射神経)よりも知的能力(思考能力)に重点を置いた物質になっただけのことであります。
犬や猫と同じように鼻が長い生き物であったら、今でも人間は犬や猫と同じ生き方をしている筈です。
地球という星の上での動物・植物・鉱物・分子・原子・原子核・素粒子の八通りの肉体形態の一つであり、固体の肉体と五感、液体の肉体と五感、気体の肉体と五感、プラズマの肉体と五感の八通りの一つを持っており、肉体と五感の運動形態である意識と「想い」を持った一物質に過ぎないことを肝に銘ずべきであります。
人間が万物の霊長であったり、神の人格化された存在であるならば、地震や台風といった自然災害に対して無力な筈がありません。
自然災害などと騒いでいるのは人間だけであり、他の物質にとっては地球の十六通りの「在り方と考え方」つまり線(一次元要因)・距離・平面(二次元要因)・面積・立体(三次元要因)・体積・質(四次元要因)・質量・線運動・線運動量・平面運動・平面運動量・立体(空間)運動・立体(空間)運動量・円回帰(時空間)運動・円回帰(時空間)運動量の十六通りの中の特にニュートラル性を持った線・線運動・平面・平面運動・立体・立体(空間)運動・質・円回帰(時空間)運動の表象に過ぎないことを承知しているのです。
水が温度の変化によって氷になったり水蒸気になったりする相転移現象と全く同じ現象であって、自然災害などと騒ぐ人間は一体何様の積もりなのでしょうか。
宇宙全体で起きる相転移現象を、地球上のすべての物質が持っている意識と「想い」で感じるのが十六通りの「二元論」つまり生・死、オス・メス、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富、幸・不幸、天国・地獄なのですが、本来の「在り方」は死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄の八通りだけであり、生・オス・善・強・賢・富・幸福・天国感は死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄感の不在状態であることを自覚していないから、人間だけが思い悩み、四苦八苦する物質になっただけのことであり、自業自得も甚だしいのであります。
自業自得の原因をつくったのは、当然のことながら後天的欲望つまり金銭欲・物質欲や権力・名誉欲であり、本能欲である食欲・性欲だけでは自業自得の原因にはなりません。
地球上の地球を含めてのすべての物質に本能欲である食欲・性欲はあっても、金銭欲・物質欲や権力・名誉欲はないのに、人間だけにあるのは、自分たちも地球であるという自覚の無さが原因であり、自分でもある地球を信頼していないからであります。
自分を信頼していないから自信がなく、自信の無さが臆病さを生み、臆病さが知性を生んだわけであり、知性に功罪両面がある証左です。
二十一世紀を人類が持つ知性の罪的側面を矯正する世紀にしなければ、人類という一物質が消滅(対消滅)する憂き目に遭うのは間違いないでしょう。