Chapter 658 「考え方」の進化が急務

光は、わたしたちの宇宙がビッグバンによって誕生した直後に、X粒子という素粒子の正物質と反物質が衝突して両者共に消滅−対消滅と言われている−した際に誕生したのです。
対消滅という言葉が象徴するように、正物質と反物質が衝突すると両者共に消滅するのが宇宙の掟のようであります。
正物質と反物質は、ビッグバンによって誕生したわたしたちの運動の光と音(喧騒)の宇宙にある三つの法則の一つである「二元論」の基本要素であり、以来150億年間「正(プラス)」と「負(マイナス)」の分化を繰り返しながら宇宙は進化(膨張)して、惑星である地球、そして惑星の子供である衛星まで達している中で、惑星である地球では十六通りの正物質と反物質に細分化され、衛星である月では三十二通りの正物質と反物質に細分化されたのです。
地球上で十六通りに細分化された正物質と反物質は、生・死、オス・メス、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富、幸・不幸、天国・地獄の「在り方と考え方」として変換されたのですが、本来の「在り方」はニュートラル性を有した死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄つまり反物質だけであり、正物質である生・オス・善・強・賢・富・幸福・天国は単なる「考え方」であり実態の在るものではないのですが、「二元論」と「在り方と考え方」の共通性が働いて、恰も生・死、オス・メス、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富、幸・不幸、天国・地獄が共存しているかの如く考えるようになったのです。
「在り方」だけで生きている、つまり「全体と部分の相対性の法則」の全体観および部分観で生きているなら、死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄の絶対的一元論−無知性の絶対一元論つまり一元論と有知性の絶対一元論つまり三元論を総称している−になるのですが、「在り方と考え方」で生きている、つまり「全体と部分の相対性の法則」の部分観だけで生きていると、生・死、オス・メス、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富、幸・不幸、天国・地獄の二元論的−相対的一元論と称している−な「考え方」で生きていると勘違いするわけで、わたしたち人間だけが「考え方」だけで生きていると思い込んでいるのです。
わたしたち人類の歴史を振り返ってみますと、生・死、オス・メス、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富、幸・不幸、天国・地獄という相克問題の歴史であったと言っても過言ではありません。
死がどうして恐ろしいのでしょうか。
生は死の不在感(観)であり、実態あるのは終着駅である死であることを自覚していないからであります。
戦争がなぜ人間社会だけに起きるのでしょうか。
生・死、オス・メス、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富、幸・不幸、天国・地獄の相克問題が原因です。
人種差別問題や不条理な問題の根底にある支配・被支配構造がなぜ人間社会だけに起きるのでしょうか。
生・死、オス・メス、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富、幸・不幸、天国・地獄の相克問題が原因です。
生・死、オス・メス、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富、幸・不幸、天国・地獄を二律背反的つまり対立要因として捉える「考え方」に問題があることを知らなければなりません。
生・死、オス・メス、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富、幸・不幸、天国・地獄を対立要因として捉えれば、生・オス・善・強・賢・富・幸福・天国を求め、死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄を避けます。
人種差別問題や不条理な問題の根底には支配・被支配の「考え方」が横たわっており、支配・被支配の「考え方」が、生・オス・善・強・賢・富・幸福・天国を求める支配者側と、死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄を押しつけられる被支配者側をつくらせたのです。
古代・中世・近代そして現代に至る人類の歴史はまさに支配・被支配構造社会の歴史であり、その根底には生・死、オス・メス、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富、幸・不幸、天国・地獄の二元論的−相対的一元論−な「考え方」で生きている勘違いにあることを、もういい加減自覚しなければなりません。
他の生き物は「在り方」だけで生きています。
つまり死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄の絶対的一元論−無知性の絶対一元論−で生きていますから、死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄の「在り方」で在っても無知性故に意識をしていません。
彼らが食物を得るために平気で殺す行為をするのは、死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄を無意識に顕現しているからであり、殺す行為を罪悪行為だと考える人間こそが生・死、オス・メス、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富、幸・不幸、天国・地獄を相克問題と捉えているからであります。
“汝殺すなかれ”
“汝盗むなかれ”
“汝姦淫するなかれ”
と戒め、法律をつくっていながら、破っているのは人間だけという皮肉な結果を生み、自ら地獄一如の世界をつくっているのです。
他の生き物は死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄の絶対的一元論−無知性の絶対一元論−で生きていますが、生・死、オス・メス、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富、幸・不幸、天国・地獄を対立要因として捉えてきたわたしたち人間は、死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄の絶対的一元論より進化した有知性の絶対一元論つまり三元論的「考え方」に進まないと、生・死、オス・メス、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富、幸・不幸、天国・地獄の対立要因による対消滅の憂き目に遭うことになるのは必定です。