Chapter 659 支配・被支配社会からの脱却

他の生き物たちは、死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄という野生の世界を無意識に生きています。
わたしたち人間はエデンの園から追放されて以来、生・死、オス・メス、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富、幸・不幸、天国・地獄を二分割したプラスチックの世界を、生・オス・善・強・賢・富・幸福・天国を数的マイナーの支配者側の世界、死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄を数的メジャーな被支配者側の世界としてきました。
人間社会だけにある支配・被支配二層構造の原点には、生・死、オス・メス、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富、幸・不幸、天国・地獄の二元論つまり死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄の相対的一元論があるからです。
野生の世界は「死」だけしかないのに、プラスチックの世界は「死」の不在概念として「生」という考え方を編みだした。
野生の世界は「メス」だけしかないのに、プラスチックの世界は「メス」の不在概念として「オス」という考え方を編みだした。
野生の世界は「悪」だけしかないのに、プラスチックの世界は「悪」の不在概念として「善」という考え方を編みだした。
野生の世界は「弱」だけしかないのに、プラスチックの世界は「弱」の不在概念として「強」という考え方を編みだした。
野生の世界は「愚」だけしかないのに、プラスチックの世界は「愚」の不在概念として「賢」という考え方を編みだした。
野生の世界は「貧」だけしかないのに、プラスチックの世界は「貧」の不在概念として「富」という考え方を編みだした。
野生の世界は「不幸」だけしかないのに、プラスチックの世界は「不幸」の不在概念として「幸福」という考え方を編みだした。
野生の世界は「地獄」だけしかないのに、プラスチックの世界は「地獄」の不在概念として「天国」という考え方を編みだした。
他の生き物は死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄の絶対一元論を無知性の中で顕現しているのに対し、わたしたち人間は生・死、オス・メス、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富、幸・不幸、天国・地獄を、「在概念」とその「不在概念」として対立させた相対的一元論つまり二元論を編みだし、絶対一元の「実在」である死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄の本来「不在概念」である生・オス・善・強・賢・富・幸福・天国を「在概念」に摺り変えて支配者側の世界、本来絶対一元の死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄を生・オス・善・強・賢・富・幸福・天国の「不在概念」に摺り変えて被支配者側の世界として捏造したのであります。
そして支配者側が被支配者側を支配する方便として、神の概念や宗教が先ず誕生したのです。
“汝、殺すなかれ”
“汝、盗むなかれ”
“汝、姦淫するなかれ”
と神が警告を発している対象は被支配者であり、支配者は殺しも盗みも姦淫も許されているのであります。
被支配者側の宗教として救世主待望論の考え方が生れたのは時代がずっと経ってからのことで、イエス・キリストが被支配者側の救世主として颯爽と現われたのですが、無残にも支配者側の手で十字架に架けられたのであります。
現代人間社会でも、戦争・殺人・強盗・レイプといった事件が絶えないのがその証左であります。
“汝、殺すなかれ”
“汝、盗むなかれ”
“汝、姦淫するなかれ”
と戒める神が天地創造の万能者であるなら、戦争・殺人・強盗・レイプといった事件が絶えない現代社会をなぜ容認しているのでしょうか。
宗教者は言います。
“神は人間に試練を与えているのです”と。
誰の為の試練なのでしょうか。
戦争・殺人・強盗・レイプ犯罪者にも裁判を受ける権利があると主張する法執行者つまり支配者側に、わたしたちは問い糾してみるべきです。
“それなら戦争・殺人・強盗・レイプされた被害者の権利は何処にあるのか?”と。
そんな神の試練など屁の突っ張りにもなりません。
万能者なら最初から戦争・殺人・強盗・レイプのない社会をつくれば被害者を生まなくて済むのです。
彼らの神は被害者をつくりたいのです。
つまり神は支配者側だけのものであり、つくるべき被害者こそが、わたしたち一般の被支配者に外ならないのです。
人類が人間になってからの歴史は、支配・被支配二層構造社会の歴史であり、その構造は現代社会まで依然引き継がれているのであり、その根源には、生・死、オス・メス、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富、幸・不幸、天国・地獄を、「在概念」とその「不在概念」として対立させた相対的一元論つまり二元論を編みだし、絶対一元の「実在」である死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄の本来「不在概念」である生・オス・善・強・賢・富・幸福・天国を「在概念」に摺り変えて支配者側の世界、本来絶対一元の死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄を生・オス・善・強・賢・富・幸福・天国の「不在概念」に摺り変えて被支配者側の世界として捏造したことにあるのです。
わたしたちは、死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄と言えばすぐに悪いイメージを抱く習い性になっています。
もういい加減この習い性にメスを入れなければ、わたしたち人間社会は破滅の道の終着駅に辿り着きます。
他の生き物は死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄の絶対一元論を無知性の中で顕現しています。
わたしたち人間は死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄の絶対一元論を有知性の中で顕現する、つまり三元論世界に進むことでしか、破滅の道から逃れることはできません。