Chapter 663 人間に欠けているもの

地球は自転と公転をしていますが、わたしたち人間も、他の生き物も自転と公転をしています。
自転によって肉体から生じた意識、公転によって五感から生じた「想い」を持っています。
46億年前に太陽の子・惑星の肉体で生れて自転と公転を開始した瞬間(とき)に、地球も(惑)星という肉体から生じた意識、太陽や他の兄弟の惑星を感知する五感から生じた「想い」を持ったのです。
地球の誕生です。
わたしたちは自分のことを肉体だと思っています。
他の生き物は自分のことを肉体だと思っています。
地球は自分のことを(惑)星という肉体だと思っています。
わたしたちは自分のことを意識だとも思っています。
他の生き物は自分のことを意識だとも思っています。
地球は自分のことを意識だとも思っています。
わたしたちは自分のことを「想い」だとも思っています。
他の生き物は自分のことを「想い」だとも思っています。
地球は自分のことを「想い」だとも思っています。
わたしたちは自分のことを五感だとは思っていません。
他の生き物は自分のことを五感だとも思っています。
地球は自分のことを五感だとも思っています。
わたしたち人間だけが五感を自分だと思っていないのが問題なのです。
「全体と部分の相対性の法則」によって四つの象限に分化されたことは前にお話しました。
肉体が静止状態の全体観であり、意識が肉体の運動状態の全体観であり、五感は静止状態の肉体の部分観であり、「想い」が運動状態の意識の部分観である。
全体観は自転の結果であり、部分観は公転の結果であります。
わたしたち人間だけが、五感を自分のことだと思っていないのは、肉体の部分観つまり公転における静止状態を認識していないことになります。
公転における静止状態とはどういうことでしょうか。
地球にとって公転の対象は太陽です。
わたしたち人間にとって公転の対象は月と同じように地球です。
月はわたしたち人間にとって兄弟だと言えるでしょう。
わたしたちが五感を自分だと思っていないということは、地球の肉体の部分としての五感を感知していないということに外ならないのです。
他の生き物は公転の対象である地球を、五感でも「想い」でも感知しているのに、わたしたち人間だけが五感で感知していないのです。
地震や台風といった、人間にとっての自然災害は、地球の「想い」の表象であります。
つまり地球の五感が感知したことを「想い」で表わしたのが地震という形になっているのです。
他の生き物は地球の五感と「想い」を感知することができるのに、わたしたち人間だけが地球の五感を感知できないで、「想い」だけを感知する結果、自然災害つまり天災だと思い違いをしているのです。
わたしたち人間も、他の生き物と同じように、地球の五感を感知できるようになりますと、地震や台風の「想い」を予知することが可能になるでしょう。
そのためには先ず、自分の五感を自分だと思えるようにならなければなりません。
見ること、聞くこと、匂うこと、味わうこと、肌で感じることで以って、自他の区分けが為されていることを自覚することです。
つまり自分以外の他者はすべて映像(虚像)に過ぎなくて、自分独りの世界を生きていることを認識することであり、それが可能になるのは、『今、ここ』を置いて他にないのです。
公転における静止状態とは、まさに、『今、ここ』であるのです。