Chapter 671 言葉(音)の限界

他人と意志疎通を図ることをコミュニケーションと言いますが、言葉つまりオーラル・ランゲージ(Oral Language)によるコミュニケーションは全体の20%以下であり、残りの80%以上のコミュニケーションはボディー・ランゲージ(Body Language)によると言われています。
つまりお互いの顔の表情、特に目を見るとか、身体から醸し出す雰囲気とかで為される意志疎通の方が言葉よりも圧倒的に多いというわけです。
ところが、わたしたち人間は言葉だけで判断してしまっている結果、お互いに誤解を生み、相克し合い、反目し合い、延いては戦争までしでかす始末です。
わたしたち人間は、聞く生き物ではなく、見る生き物ですから、少なくとも先ず見ることで判断し、更に他の五感つまり聴覚による言葉、嗅覚による匂い、味覚による味、触覚による肌合いで判断した上で、最終的に第六感の「想い」で判断することが、他者を感知する機能である五感および第六感の「想い」の基本であることを忘れてはなりません。
人間同士の軋轢や喧嘩や戦争の原因はすべて相互誤解に因ると言っても過言ではありません。
わたしたち凡人は、“自分は正しい!”と常に思っています。
“自分は正しい!”と常に思っている二人の間に誤解が生じると、“悪いのは相手だ!”という結果になる。
“自分は正しい!”
“悪いのは相手だ!”
喧嘩や戦争の原因はここにあるのですが、誤解を生むのは言葉だけで判断するからに外ならないのです。
相手つまり他者を判断する際には、五感および第六感の「想い」を総合して判断するべきであります。
言葉だけで判断していると、昨日は反目し合っていたのが、今日は親しみ合い、明日になればまた反目し合うといった不信の人間関係になってしまいます。
五感および第六感の「想い」を総合して判断すると、完璧とは言わないまでも、要らぬ誤解を避けることは可能です。
そうしますと、言葉に気を配ることも無視はできないですが、それよりも自分のボディー・ランゲージ(Body Language)にもっと気を配るべきであります。
孔雀のオスは大きな羽を広げてメスの孔雀を誘うのは、外観が如何に大事であるかを物語っています。
人間のメスである女性の肉体に柔らかい曲線が与えられているのは、ゴツゴツした肉体を持つオス男性を誘うためのものであり、それが自然の摂理であります。
女性は柔らかい曲線の肉体を維持するのが本来性であり義務であります。
一方、男性はゴツゴツした肉体を維持するのが本来性であり義務であります。
お互いの本来性を無視し、するべき義務を怠る結果、バッタのような手弱男が突然変異のように発生し、女性蔑視だと騒ぐカマキリのような手強女が突然変異のようにこれまた発生するわけであり、お互い反目し合い、憎しみ合う愚かな結果になる。
五感および第六感の「想い」は、身体の外皮すべてであり、自分以外の他者すべて、すなわち自己の全体観である地球を感知するためにあるのです。
地球の五感と第六感である「想い」は、わたしたち人間を誤解し始めています。
わたしたち人間が地球の誤解を生む原因をつくっているからであります。
地球はわたしたち人間の全体観でありますが、全知全能の神ではないので、誤解もします。
お互いの誤解を避けるためには、五感と第六感の「想い」をもっと有効に使うべきであります。
老子の、“真理を語ることはできない。語ることができるものは真理ではない”の重みがずしんと応えます。