Chapter 681 機械化人間が引き起こす悲劇

一日を24時間と考えて生きている人間だけが24時間眠った人生を送っていると言っても過言ではないでしょう。
一日を朝・昼・夜と想って生きている他の生き物は醒めた一生を送っているのです。
一日を24時間と考えるということは、時間を水平的(量的)に捉えている、つまり過去・現在・未来を時間と捉えていることですから、『今、ここ』という垂直的(質的)な時間(虚時間)上にある生き方ができず、『今、ここ』にいない限り覚醒は得られないのは当然であります。
一日を朝・昼・夜と捉えて生きると自ずから誕生・生・死の円回帰運動を日々自覚できるようになり、朝が誕生という始点であり、夜が死という終点(回帰点)であり、その間の円周が生というニュートラル・ポイントつまり『今、ここ』であることが自覚できるわけです。
空腹感を催すから食べる。
睡魔が襲ってくるから眠る。
欲情が湧いてくるから交尾する。
空腹感・睡魔・欲情・・・これら本能欲は生きている証であり、生きている証とは生というニュートラル・ポイントつまり『今、ここ』を生きている証であります。
午前8時、午後0時、午後8時になったから食べる。
午後10時になったから眠る。
機会があれば四六時中セックスをする。
これら人間欲は一日24時間と捉えた生き方をしている証であり、過去・現在・未来に「想い」を馳せた生き方をしている証であります。
過去・現在・未来に「想い」を馳せるということは連想をしていることに外ならないのであり、連想をするということは追憶をしていることに外ならないのであり、追憶をしているということは夢を観ていることに外ならないのです。
わたしたちは眠っている間だけ夢を観ているのではなく、一日24時間夢を観ているのです。
夜眠っている間は少なくとも熟睡状態、つまり夢を観ていない臨死状態の期間があるのに対し、昼間目が醒めている間はすべて夢を観ている状態です。
夜眠っている間は、眠りから目が醒めることによって夢であることを自覚できる、つまりニュートラル・ポイントに一瞬でも戻ることができるのですが、昼間目が醒めている間に観る夢は、夜眠りに就く一瞬にニュートラル・ポイントに戻っていることに気づいていないから、朝目が醒めたと同時に夢から醒めるような自覚ができないのです。
夜の夢は夢だと認識しているのに、昼の夢は夢だと認識せずに所謂現実だと思っているから、夢から醒める自覚ができないのであります。
自分が自由でないことを自覚した者だけが自由への渇望が沸々と湧いてくるのです。
自分が夢を観ていることを自覚した者だけが夢から醒めることができるのです。
夢から醒めるとは、眠りから醒めることに外ならないのです。
夢から醒めないとは、眠りから醒めないことに外ならないのです。
醒めた人生か、眠った人生か。
差別・不条理・戦争・・・は眠った人生を送っている機械化人間が引き起こす悲劇であります。
わたしたち人間ひとり一人が目覚めることでしか、機械化人間が引き起こす悲劇を食い止めることができないのです。
何故なら、悲劇と思うかどうかは、ひとり一人の人間の「想い」に掛かっているのですから・・・。