Chapter 684 地球を取るか・神を取るか

神という概念は人間社会だけにあるものです。
他の生き物と同等の自然社会つまり地球を全体とした社会において、極めて腕力的に弱き生き物であった人間は、常に外敵から身を守る生活を余儀なくされていた結果、太陽や火といったものが自己防衛手段として有用であることを知った。
知性の誕生であります。
自力で外敵である他の生き物と対峙することは困難だが、太陽や火が外敵から身を守ってくれることを知った人間は、太陽や火を自己よりも上に仰ぎ見るようになった。
信仰の始まりであり、神の誕生であります。
腕力的には最も弱き生き物であった人間が、太陽や火を神と崇めることによって地上の覇者になることができた人間は、ますます太陽や火を全知全能の神と信じ込んでいくことになるわけです。
逆に他の生き物の立場で考えれば、神は敵になる筈です。
地上の頂点に立った人間社会に次に訪れたのは、内敵つまり人間同士の争いです。
外敵を蹴散らしてくれた神を、今度は内敵にも使おうとするのは当然で、敵同士になった人間はそれぞれの神を持つようになった。
宗教の始まりであり、政(まつりごと)による支配・被支配社会の誕生であります。
政治と宗教は、その発生過程において同根の祭政一致の社会であったのです。
敵に対する守護神が神の概念の始まりであって、愛や慈悲といった精神世界の神の概念は被支配者側の論理で生まれたのであり、キリスト教はまさにその典型であります。
神の存在は、他の生き物にとっては全く関係のない話であるどころか、却って邪魔なものでしかないわけです。
神の概念は人間だけに通用するものですから、神を擬人化するのは当然の成り行きです。
信仰における神は太陽や火といった自然であったが、宗教における神は所詮人間であります。
二十一世紀の人間社会は地球環境問題が最重要課題になることは間違いありません。
神を人間社会だけの守護神にする限り、二十一世紀は地球と神の対決になり、わたしたち人間は地球を敵としなければなりません。
地震・津波・台風といった自然災害が人間社会だけに襲ってきています。
自然つまり地球側に立つ他の生き物は難を逃れています。
今のところ、地球対神の対決は地球に分がありそうです。
それでも人間は、自分たちだけに通用する神を仰ぎ見るのでしょうか。