Chapter 685 神は死んだ

宗教の本質は偽善にあると言っても過言ではありません。
キリスト教徒に偽善者が多いと言われていますが、キリスト教徒に限ったものではなく、宗教の本質が偽善にあるのです。
「聖戦」という言葉は、今ではイスラム教徒の専門用語のように思われていますが、キリスト教徒(カトリック)の十字軍による異教徒(特にイスラム教徒)殲滅の戦いを、時のローマ教皇が「聖戦」と言ったのが始まりです。
ナチス・ドイツによるホロコーストと何ら変わらない皆殺し行為であるのですが、ホロコーストは極悪非道な行為と歴史上で謳われているのに、十字軍による異教徒殲滅は何のお咎めもなく、堂々と「聖戦」と謳われている。
こんな不条理なことがあるでしょうか。
アメリカ・イギリスを中心とした資本主義・自由主義社会のやることは何でも正義とするのが世界の世相であるのです。
日本が徹底したアメリカ追随の政策を採るのは生き残りの為の方便だと、政府与党の連中は主張したいのでしょう。
明治維新後の日本政府が採ってきた政策だと言っていいでしょう。
欧米列強の世界支配が近代の歴史であり、その中で欧米列強の一角に無理やり入り込もうと必死になってきた日本ですが所詮無理な話です。
第一次・第二次世界大戦は欧米列強の仲間争いが発端であったのですが、ひとたび日本という有色人種の劣等国家が頭を擡げてくれば、敵も味方も一致団結して有色人種を叩きのめしにかかるのが彼らの常套なのです。
日本軍がインドシナ地域で連戦連勝する情報を聞いた同盟国であるナチス・ドイツのヒットラーは、喜ぶどころか、有色人種の国・日本に白人国家の国イギリスが負けていることを嘆き、ナチス・ドイツの敵であるイギリス軍に応援軍を送りたいと洩らした事実があるのです。
同盟を結ぶのは政治問題つまり本音と建前があるということで、人種(差別)問題は本質的な問題つまり本音だと、白人国家は捉えている証左であります。
同盟は偽善によって結ぶが、こと人種(差別)問題に限っては本音で臨むというわけです。
人種差別はよくないことだと欧米キリスト教社会の人道主義者たちは強調しますが、それは偽善の仮面を被った連中の建前であって、本音のところでは根深い人種差別意識をそれこそDNAに刻印されているのです。
偽善とは差別意識の裏返しであり、差別意識は異教に対する排他性に起因することを見逃してはなりません。
外敵から身を守る方便として信仰が生まれ、内敵同士の覇権争いつまり縄張り争いに生き残る方便として宗教が生まれたのが人類の歴史であったのです。
支配・被支配二層構造社会の誕生の陰には宗教が必ず潜んでいる。
支配層に祭祀として先ず宗教が入り込み、被支配層に救世主として宗教が入り込んだだけのことであります。
宗教の本質は偽善に根ざした支配意識であるのです。
宗教団体の組織が国家形態以上に極端なヒエラルキー構造のピラミッド型になっている所以であります。
マルチビジネスつまりネズミ講は宗教組織を利用した悪辣な金儲けですが、宗教団体と繋がっているケースが多いのも、宗教の本質に起因するからであります。
宗教団体には必ず教祖がいるが、その後ろに控えているのがそれぞれの神であります。
教祖を権威づけするのが神であります。
水戸黄門さんが持つ葵の紋の入った印籠が神であるわけです。
教祖から葵の紋の入った印籠を掲げられると、わたしたち一般信者は平伏すしかないのです。
神や宗教にうつつを抜かしている限り、人類は母なる大地である地球と仲良くすることができないのであり、天災はますますその激しさを増してくることは必定であります。
“天災を起こすのは神なのか、宇宙の一員であり自分たちの親である地球なのか?”
人間が信じる神が天災を起こすなら、人間だけが災害に遭い、他の生き物が難を逃れているのは合点がいきません。
わたしたち人間は、明白な解答のある愚かな質問を自分たちに依然投げ続けるのでしょうか。