Chapter 687 本当の自由(高度自由)への登竜門

本当の自由(高度自由)とは、物理的自由のみならず、精神的自由も包含している自由であります。
自由とは物理的束縛と精神的束縛からの解放を本来意味するものです。
一般大衆にとって、古代は物理的束縛つまり奴隷の時代でした。
中世は古代に比べて物理的束縛は軽減されたが、逆に精神的束縛が強くなった時代でした。
近代は更に物理的束縛は軽減されたが、精神的束縛は更に強くなった時代でした。
現代は物理的束縛が顕著な地域(未開・開発途上国)と、精神的束縛が顕著な地域(先進国)の二極構造になっている時代です。
結局の処、人類の原始時代・先史時代に比べて、有史時代は文明の進化は実現されても、自由の進化は実現されているどころか、逆に退化していると言っても過言ではありません。
文明の最も進化したアメリカの国民の90%近くが不眠症に悩まされ、日本でも睡眠薬が市販される現代社会は、まさしく精神的束縛の極致に達していると言えるのです。
現代社会の物理的束縛の代表は貧困でありますが、先進社会における貧困は物理的束縛よりも精神的束縛の要素が強くなっていることを認識する必要があります。
現実の貧困ではなくて、貧困になる不安感つまり取り越し苦労が殆どの原因であります。
未開・開発途上国では現実の貧困が存在し、先進国では貧困の不安に苛まれているのです。
つまり現代の貧困は自然発生的なものではなくて人為的なものです。
自然発生的な貧困であれば地球全体レベルでの貧困の筈です。
貧困な地域とそうでない地域があるのは人為的なものと言わざるを得ないわけで、詰まる処、支配・被支配二層構造化が亢進している証左に外ならないのです。
つまり極めて少ない“持つ者”と圧倒的に多い“持たざる者”の二極化がますます進んだ、貧富の差が拡大した社会になっているということであります。
富の権化と言えるアメリカや、エコノミック・アニマルと言われて久しい日本に富が集中した結果、わたしたち日本人は物理的束縛からは解放されたかも知れませんが、逆に精神的束縛が強くなっているのです。
拝金主義化は物理的束縛と精神的束縛が混在する社会で起こる現象であります。
現実の貧困という物理的束縛と、貧困の不安という精神的束縛が混在する社会に必ず発生するのが、お金を神格化した拝金思想であります。
拝金思想が蔓延した社会は、極致の精神的束縛に苛まれることになるのが、「二元論」に閉じ込められ、相対的一元論に陥ったわたしたち人間の宿命です。
わたしたちが勝ち得た「自由」は物理的束縛からの自由であって、精神的束縛からの自由ではありません。
況してや、物理的束縛と精神的束縛の混在した中に、本当の自由(高度自由)などあろう筈がない。
本当の自由(高度自由)の社会の門の中に入るには、先ず拝金思想からの脱却が絶対条件であります。