Chapter 702 有の世界・無の世界

わたしたちの記憶は7才ぐらいからはじまりますが、生まれた時は0才です。
0才から7才までの間の記憶はどうなっているのでしょうか。
生まれた直後の記憶が何故残っていないのでしょうか。
記憶として必ず残っているのですが、記憶にも質と量の問題があるからです。
記憶にも三次元量的世界と四次元(質*量)的世界の二種類があることを知らなければなりません。
四次元要因である質は三つの三次元量的要因を支配しているのですから、(質*量)的世界とは質的世界と言ってもいいわけで、今後は四次元(質*量)的世界のことを四次元質的世界と称するようにします。
記憶にも量的な面と質的な面があり、三次元世界に生きている記憶は量的記憶であり、四次元世界に生きている記憶は質的記憶であるわけです。
生まれた直後から7才ぐらいまでのわたしたちは、『今、ここ』を生きている、つまり四次元質的世界に生きているから、その時の記憶は質的記憶であるのに対し、7才以後の世界は三次元量的世界に生きるようになり、それ以後の記憶は量的記憶になっている違いがあるからです。
量的記憶は、過去・現在・未来という心理的な時間の矢の流れに沿ったものですから、時間-厳密には時-という名札の景色であって、わたしたちが普段記憶と称している量的記憶の正体であります。
質的記憶は、「二元論」・「全体と部分の相対性の法則」・「在り方と考え方」の共通面のことであるのに対し、量的記憶は「二元論」・「全体と部分の相対性の法則」・「在り方と考え方」の固有面であるとも言えます。
「二元論」・「全体と部分の相対性の法則」・「在り方と考え方」の共通面とは、「絶対一元論すなわち三元論」・「全体」・「在り方」であります。
「二元論」・「全体と部分の相対性の法則」・「在り方と考え方」の固有面とは、「相対的二元論」・「部分」・「考え方」であります。
円回帰運動で言えば、始点が一元論で、円周が二元論で、終点が三元論であるわけですから、三元論は円運動を経験した一元論と言ってもいい、つまり始点と終点は絶対同一点であるのに対し、二元論である円周は無限の点があるので絶対的ではなく飽くまでも相対的であるのです。
十進数の1は二進数の(0)であり、十進数の2は二進数(1)であるのです。
二進数では(0)は絶対つまり無であり、(1)は相対つまり有であります。
円回帰運動の基本は二進数の(0)つまりプラス・マイナスという絶対性と、(1)つまりニュートラルという相対性の組み合わせ運動であるのです。
「在り方」としては絶対性であるのに、「考え方」は相対性であるわけです。
わたしたちは、「在り方」として生まれてきたにも拘わらず、有知性である生き物である故に7才ごろから「考え方」で生きるようになった結果、質的記憶が潜在意識の底深くに沈み、量的記憶が表面の顕在意識に上ってきているのです。
夢は記憶を追いかける追憶ですから、7才以後の夢も量的記憶に基づくものになります。
それが正夢であります。
質的記憶が消滅したわけではないので、量的記憶が薄れると質的記憶が浮上して来て夢になります。
それが負夢であります。
夜眠りに就く瞬間(とき)に、その日の目が醒めていた間の出来事を再生(逆回転)することで記憶を消去する。
朝目が醒めた瞬間(とき)に、その夜の眠っていた間の出来事つまり夢で観た出来事を再生(逆回転)することで記憶を消去する。
この二つの作業を日々継続することで、量的記憶を消去していくと、自ずから質的記憶が浮上してくることで、三次元量的世界から四次元質的世界に移動することができるようになります。
三次元量的世界と四次元質的世界の違いのバロメーターは、夢の内容の変化でわかるわけです。
正夢を観ている人は三次元量的世界中心に生きている人です。
色即是空・空即是色の色(有)の世界です。
負夢を観ている人は四次元質的世界中心に生きている人です。
色即是空・空即是色の空(無)の世界です。