Chapter 712 ボスと支配者の違い

母親から躾された“これをやってはいけません”、“あれをやってはいけません”のルーツは、旧約聖書の“汝殺すなかれ”、“汝盗むなかれ”であり、旧約聖書の“汝殺すなかれ”、“汝盗むなかれ”のルーツは、ウルナンム法典やハムラビ法典の殺人・盗みの罪の概念であり、ウルナンム法典やハムラビ法典の殺人・盗みの罪の概念のルーツは、殺される、盗まれる人類の祖先の弱者の立場に行き着きます。
若しも人類の祖先が、ライオンに殺されるシマウマのような弱者の立場でなくて、殺すライオンの強者の立場であったなら、ウルナンム法典やハムラビ法典は殺人・盗みを罪つまり悪ではなくて善であると決めつけたであろうし、“汝殺すべし”、“汝盗むべし”と旧約聖書は謳ったであろうし、母親は“これをやりなさい”、“あれをやりなさい”と子供に躾したことでしょう。
“これをやりなさい”、“あれをやりなさい”
は言葉でする“躾”ではなく、母親の行動で以て示す“教え”です。
シマウマはライオンに対しては弱者であっても、草という植物に対しては強者であるという、言葉でなく行動で示す自然の食物連鎖を熟知しているのです。
“これをやってはいけません”、“あれをやってはいけません”
だから言葉で伝える必要があるのです。
人類の祖先が強者の立場であったら、他の生き物と同じように、言葉による善も悪もない絶対一元論的生き方であった筈です。
人類の祖先が弱者の立場であったために、“善は善くて、悪は善くない”相対的一元論的考え方になったのであります。
従って、人間社会だけにある支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別の根源は、強者の立場の論理ではなくて、弱者の立場の論理であることを再認識しなければなりません。
ライオン社会も、シマウマ社会もボスは存在するが、ボスは支配者では決してありません。
単なる役割分担であります。
外敵が襲ってきたら命を賭して矢面に立つのがボスの責任であり、責任の反対給付の権利として、子孫保存権と食欲優先権が付与されているだけのことであります。
彼らボスは世襲・相続を主張しない点が、支配者ではない証左です。
世襲・相続の慣習と支配・被支配二層構造とは表裏一体のものであり、所詮は弱者の立場から発生したものに過ぎないのです。
ところが人類は地上の覇者つまり強者になったにも拘わらず、世襲・相続の慣習はなくならないどころか、ますます助長されている。
支配・被支配二層構造がますます強化されている証左であります。
しかし、わたしたち一般大衆は、そのことに全く気づいていないのが、現代社会であります。
自然の食物連鎖の中で、上位に立ったつまり強者になった人類ゆえ、人口が急増殖しているわけですから、弱者の立場の論理つまり支配・被支配二層構造や世襲・相続の差別社会から、強者の立場の論理に基づく社会に脱却しなければなりません。
それが地上のボスである人類の責任です。