Chapter 714 二十一世紀は月の世紀

地球の衛星である月は極めて特殊な星だと言えるでしょう。
自転と公転が同じという特徴を持っていますが、この特徴は地球の衛星である月だけに限ったものではなく、他の惑星群の衛星もみんな同じ特徴を持っています。
衛星と全く同じではありませんが、太陽系惑星群の中で最も太陽に近い水星・金星の自転と公転もよく似た特徴を持っています。
水星の大きさは地球のおそそ1/3ですから、地球の1/4の大きさの月とほぼ大きさが同じで、自転と公転の比率は月のように尽数比(1:1)にはなっていませんが、一年が1.5日です。
金星の大きさは地球より少し小さい星で、自転と公転の比率は一年が1.9日で、地球の一年が365.25日や、火星の一年が669.38日に比べて、月に近い星と言えます。
これは一体何を意味しているのでしょうか。
親星と子供の星の年齢差が少ない程、自転と公転の比率が尽数比に近づいていくのです。
人間の場合でも同じで、最初に生んだ子供と最後に生んだ子供では、年齢差が大きくなる。
太陽が最初に生んだ水星の公転周期は88日であるのに対し、最後に生んだ冥王星の公転周期は247年です。
長男星の水星と九男星の冥王星では公転周期が88日:247年つまり1000倍ぐらいの違いがあるのです。
親星である太陽からすれば、長男星である水星は子供でありながら兄弟のような星であり、九男星である冥王星は子供でありながら孫のような年齢差があるわけです。
従って、地球の子供の星である月は兄弟星と言ってもいいわけです。
他の惑星群の衛星の自転と公転の比率がみんな尽数比であるということは、衛星は子供の星であり且つ兄弟星でもあるということを意味しているのです。
わたしたちは月のことを今まで衛星つまり子供であると思ってきましたが、そこに大きな間違いがあるのです。
子供であれば親のすることに余程のことがない限り意見を言いませんが、兄弟となれば話は違います。
月は地球の弟分なのです。
兄貴分の地球が、人類の暴走で悲鳴をあげているなら、弟分の月は黙ってはいません。
拙著「神の自叙伝」では、その辺りのことを象徴的に描きました。
拙著「神はすぐ傍」では、その辺りのことを理論的に描きました。
拙著「鬼神(十部作)」では、その辺りのことを「神の自叙伝」(実行編)として物語風に描きました。
月の「想い」であるテンシこと「鬼神冬子」の物語が、残された「神の自叙伝」(終幕編)であります。
2023年1月27日から始まり、2100年12月31日で終幕を迎える「鬼神冬子」の創作意欲が沸々と湧いてきています。