Chapter 717 考え方を見直す時期がやってきた(1)

四苦八苦の人生の中での生老病死の四苦ですが、老いる苦と病気の苦の両端に生と死の苦があります。
老いる苦、病気の苦を生きる苦と捉えるか、死の苦と捉えるか。
生きる苦がなければ、老いる苦、病気の苦は死の苦となるでしょう。
死の苦がなければ、老いる苦、病気の苦は生きる苦となるでしょう。
現在は過去の一部でもあり、未来の一部でもあります。
現在を過去の一部であると捉えると、老いる苦、病気の苦は生きる苦となります。
現在を未来の一部であると捉えると、老いる苦、病気の苦は死の苦となります。
四十五才を境に現在を過去の一部であると捉える世代と、現在を未来の一部であると捉える世代に分かれていきます。
高齢者か若年者かの実質の違いは、年齢の違いよりも、現在を過去の一部と捉えるのが若年者であり、現在を未来の一部であると捉えるのが高齢者だと言えるでしょう。
高齢者になればなるほど、老いる苦、病気の苦は死の苦の一部になっていきます。
若年者であればあるほど、老いる苦、病気の苦は生きる苦の一部になっていきます。
ちょっとした病気でもすぐに病院に駆け込む高齢者が多いのは、死に繋がることを恐れているからです。
ちょっとした病気でもすぐに自殺する若年者が多いのは、生きる苦に繋がることを恐れているからです。
自殺するのは生きる苦を恐れているからであって、死の苦を恐れていないからです。
飢えた人が絶対に自殺しないのは、生きる苦よりも死の苦の方を恐れているからです。
老いること、病気になることは確かに嫌なことです。
出来ればちょっとでも老いることは避けたいし、病気になることも避けたいのが人情です。
わたしたち人間は老いる苦、病気の苦でも、相対的一元論に陥っています。
若・老、健康・病気を対立要因として捉え、若いのは善いが老いるのは悪い、健康は善いが病気は悪いと好いとこ取りをしています。
若いということは老いていないことを指す、つまり老いの不在概念に過ぎない。
健康ということは病気のないことを指す、つまり病気の不在概念に過ぎない。
実体があるのは、老いること、病気になることであります。
それでは歳を重ねることに一体何の価値を見出すことができるのでしょうか。
歳を重ねれば重ねるほど、より老い、より病気になるなら、長生きする値打ちはありません。
平均寿命は延びたけれど、介護してもらわなければ生きてゆけないのなら、長生きする値打ちなどありません。
地球上における十六通りの「二元論」の実体あるもの、死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄をその言葉通りに捉えれば、生きている値打ちなどありません。
三本の時間の矢の一つである、熱力学上の時間の矢つまりエネルギーは秩序状態から無秩序状態のエントロピーに流れて行く。
死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄そして老・病もすべて無秩序状態のエントロピーであり、生・オス・善・強・賢・富・幸福・天国そして若・健康は秩序状態のエネルギー形態であると言えます。
しかし時間の矢が一方通行であれば、一旦老いれば二度と若返ることはあり得ないし、一旦病気になれば二度と治らない筈ですが、若返ることも可能だし、病気が治ることは身体の自然治癒力が証明しています。
死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄そして老・病は確かに無秩序状態のエントロピーであり、生・オス・善・強・賢・富・幸福・天国そして若・健康は秩序状態のエネルギー形態であると言えますが、時間の矢は決して一方通行ではなく、エネルギーは秩序状態から無秩序状態への流れと、無秩序状態から秩序状態への流れもある両側通行であることを示唆しているのではないでしょうか。
熱力学では、エネルギーは秩序状態から無秩序状態への一方通行だと断言しています。
天文学では、宇宙は膨張し続けていると主張しています。
物理学では、時間は過去から未来への一方通行だと断言しています。
ニュートリノの質量測定成功で、宇宙は膨張と収縮の両側通行の可能性を示唆したにも拘わらず、学者たちは未だに肯定しようとしません。
エネルギーの流れも、過去と未来を往来する心理的な時間の流れも両側通行を認めなければならないからでしょうか。
しかしわたしたちの日常生活では、一方通行の考え方よりも、両側通行の考え方の方が馴染み易いことが圧倒的に多いわけです。
風船を膨らませると必ず破裂して収縮します。
永遠に膨らみ続ける風船などお目に掛かったことなどありません。
一旦病気になったら永遠に治らない病気など殆どありません。
死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄そして老・病は、生・オス・善・強・賢・富・幸福・天国そして若・健康と補完関係にある、つまり両側通行関係にあるのです。
円回帰運動の円周が両側通行である所以です。
半円の方向ともう一方の半円の方向は逆です。
円回帰運動を完結するには、必ず両側通行を経験しなければならないのであります。
わたしたちは(特に科学者は)従来の考え方を根本的に見直すべきです。