Chapter 720 未来志向から『今、ここ』志向の科学へ

考える力を持った知的動物・人間でありますが、知性にも功罪両面があります。
功・罪も所詮二元要因ですから、人間社会だけに通用するもので、他の生き物の世界では功も罪もありません。
知性の功罪両面とは、「全体と部分の相対性の法則」における部分観の拡大がもたらす面であります。
人間社会だけで捉えた場合、知性による科学の発達があります。
つまり人間社会という部分観の拡大化であり、弱者の立場であった人類が地上の覇者になり得た根拠であります。
科学の力で地球という全体を窺い知ることができた結果、自己の部分観の拡大化が図れたわけです。
しかし地球という全体観、更に人類以外の地球上の部分観にとっては、人類の部分観の拡大は、浸食もっと辛辣に言えば侵略に思えるわけです。
つまり食物連鎖の法則からの逸脱であり、それが人口の異常発生という現象を生むのです。
人間社会の利便性だけを追求する結果生まれた車社会、電気社会、医療社会は、人間社会にとっては快適性を拡大することができたかも知れないが、地球という全体観や人類以外の部分観にとっては、大気汚染、大地汚染による生態系の崩壊という問題を引き起こしているのです。
人間社会という部分観の拡大化には知性を功の面で発揮したけれど、地球という全体観では大いなる罪の面であったのです。
部分は所詮部分でしかあり得ないのですから、全体に問題が起これば、“天に唾する”自滅行為になることは必定であり、それが大地震・津波・台風という形で人間社会に及んでくるわけです。
「全体と部分の相対性の法則」を無視した知性の利用は、悪用と言っても過言ではありません。
知性の悪用とは、まさしく考え方の勘違いによるものです。
水平的発想の考え方つまり感情の連鎖反応である連想を、考えることだと勘違いしているのです。
科学は一見垂直的思考の典型のように思われ勝ちですが、決してそうではありません。
いくら未知の探求心からの思考であっても、動機に水平的発想があれば、所詮感情の連鎖反応に過ぎません。
名誉欲・権力欲・金銭欲・物欲・肉欲といった人為欲のための未知の探求であれば、発明・発見されたものは人為欲という感情の連鎖反応に汚された水平的思考の産物であることは、原爆を筆頭に近代兵器の発明が証明しています。
未知の探求心が垂直的思考をベースにしているか、水平的連想をベースにしているかによって、部分観の拡大化という功罪両面が発生するのです。
垂直的思考をベースに科学を発達させれば、地球という全体観にとっても、人類以外の部分観にとっても問題は起こらない筈です。
水平的思考で人間社会だけの利便性・快適性を追求すると、地球という全体観のみならず、人類以外の部分観にとって大問題が起こるのです。
大気汚染、大地汚染といった地球環境問題が取り沙汰されているということは、今までの科学のベースは水平的思考、つまり自己の都合だけに腐心した所詮感情の連鎖反応であったことを、科学者は謙虚に反省すべきであります。
二十一世紀の科学者は垂直的思考をベースにした人物でなければなりません。
二十世紀までの科学者は未来志向型でしたが、二十一世紀の科学者は『今、ここ』志向型でなければなりません。
その為には、科学と哲学の統合が急務であります。