Chapter 726 最下層の死

生きている限り病(やまい)の乙状態にあるのが、四十八の法則に閉じ込められている地球生命体の在り方です。
生・死、オス・メス、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富、幸・不幸、天国・地獄・・・若・老、健・病の死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄・・・老・病が実体あるものの所以であります。
ところがわたしたちは生・オス・善・強・賢・富・幸福・天国・・・若そして健康といった単なる不在概念であり実体のないものばかりを追いかけて生きています。
病(やまい)の甲状態ばかりを追いかけているわけです。
しかし病(やまい)の甲状態は最上態であって滅多に起こるものではありません。
それを常態であるべく必死に追いかける結果、行かなくてもよい病気の製造工場である病院に駆け込むのですから、病(やまい)の丙状態という最下態つまり晴れて病気(発病)と相成るわけです。
現代西洋医学の病院は対症療法という、単なる発病を抑えるだけの方法でしかないのですから、病(やまい)の根治は到底望むべくもありません。
発病つまり痛いとか苦しいとか熱が高いとか眠れないとかを抑えるだけです。
痛いのは病(やまい)が乙状態から丙状態に移ったことを報せる、自己の心体が持つ自然治癒力からの警鐘なのです。
苦しいのは病(やまい)が乙状態から丙状態に移ったことを報せる、自己の心体が持つ自然治癒力からの警鐘なのです。
熱が高いのは病(やまい)が乙状態から丙状態に移ったことを報せる、自己の心体が持つ自然治癒力からの警鐘なのです。
眠れないのは病(やまい)が乙状態から丙状態に移ったことを報せる、自己の心体が持つ自然治癒力からの警鐘なのです。
それを無理やり警鐘を止めてしまうのが病院です。
痛み止めの薬が自己の心体が持つ自然治癒力からの警鐘という目覚まし時計が鳴るベルを止めて、相変わらず惰眠を貪らせているのです。
苦しいのを和らげる薬が自己の心体が持つ自然治癒力からの警鐘という目覚まし時計が鳴るベルを止めて、相変わらず惰眠を貪らせているのです。
熱を下げる薬が自己の心体が持つ自然治癒力からの警鐘という目覚まし時計が鳴るベルを止めて、相変わらず惰眠を貪らせているのです。
睡眠薬が自己の心体が持つ自然治癒力からの警鐘という目覚まし時計が鳴るベルを止めて、相変わらず惰眠を貪らせているのです。
そうすると自己の心体が持つ自然治癒力を抑え込むことになり、警鐘レベルであってまだ病(やまい)の乙状態であるものを丙状態まで下げてしまい、晴れて病気と相成るわけです。
現代西洋医学の病院は病気の製造工場である所以であります。
更に酷いのは、何でも検査をして無理やり病気を製造して挙げ句の果てに、誕生した際に「全体と部分の相対性の法則」と「在り方と考え方」の共通面である肉体そのものを傷つけるという暴挙に出る始末で、病(やまい)の丙状態という最下態の中でも最も低い状態である死とリンクしている最悪態にまで及ばせ、無理死と相成ります。
無理死は自殺よりも死の形態としては最下層のものです。
火葬した後の死者の骨が真っ黒になっているのが最下層の死の形態を表わしています。
つまり最も苦しい死に方だったことを示しています。
現代西洋医学に掛かって死んでいった人たちの殆どが最下層の死の形態であリます。
必ず死ぬことだけがわかって生きているわたしたちにとって、最下層の死の形態だけは避けたいものですが、残念ながら、現代人であるわたしたちの殆どは最下層の死に方をしているのです。