Chapter 727 病気と死

病気と死との関係についてお話してみたいと思います。
死は寿命によって定められている。
寿命は生命エネルギーの総量で決められている。
わたしたち人間の生命エネルギーの総量は、地球上のすべての生命体の十六通りの「在り方と考え方」である線・距離・線運動・線運動量・平面・面積・平面運動・平面運動量・立体・体積・立体運動・立体運動量・質(質*量の四次元要因)・質量・円回帰(時空間)運動・円回帰(時空間)運動量の、三次元立体運動量*一生つまり四次元円回帰(時空間)運動量で決められています。
別の言い方をすれば三次元体積つまり嵩(かさ)の一生の時空間運動量のことですが、一生の時間が分からないのですから、逆に言えば円回帰運動量が分かれば、寿命が分かってくることになります。
人間の一生の春夏秋冬が円回帰運動に外なりませんが、一生というのは50年とか80年とか言った量的時間ではなく、質的時間によって固有の春夏秋冬つまり円回帰運動量が決定されるのです。
円回帰運動の最短形態が息であり、最長形態が一生であります。
つまり生きているということは、誕生と死という静止原点を挟んだ円回帰運動に外ならないわけで、円回帰運動の円周が生である所以です。
生命エネルギーとは円回帰運動する上で必要なエネルギーと言えるわけで、円回帰運動に必要なエネルギーですから、最短形態の息から最長形態の一生の間で、より多くの円回帰運動をする者に対しては相応の生命エネルギーが与えられます。
振り子時計で言えば、ゼンマイに与えられるモーメントが生命エネルギーであります。
ゼンマイを多く巻けばモーメントは多く蓄積されるように、ゼンマイを多く巻くつまり日常生活において多くの継続行為をすると生命エネルギーは多く蓄積されるのです。
継続行為がまさしく生命エネルギーの極大化の切り札であるのです。
一方、生命エネルギーを極小化するのが病気つまり病(やまい)の丙状態であります。
「普段の運動」が継続行為であるのに対し、「激しい運動」が非継続行為であります。
「普段の運動」である継続行為とは規則正しい行為であります。
「激しい運動」である非継続行為とは不規則な行為であります。
病(やまい)の甲状態とは「普段の運動」の継続行為である規則正しい行為であり、病(やまい)の丙状態とは「激しい運動」の非継続行為である不規則な行為であり、その間にあるのが病(やまい)の乙状態である「普段の運動」と「激しい運動」を交互に繰り返し、息といった最短形態の円回帰運動等の最低限の規則正しい行為をする一般凡夫のわたしたち人間であります。
少しでも不規則な行為をすると忽ち「激しい運動」量が増え、病(やまい)の乙状態から病(やまい)の丙状態に陥ってしまう、つまり発病するわけです。
わたしたち現代人は発病を以て病気だと思っていないから、検査漬けになって必死に病気を探しているのです。
そもそも病(やまい)の乙状態にあるのが一般のわたしたちですから、検査すれば病(やまい)の潜在要因を持っているのが当然なのです。
それを無理やり引っ張り出して、自ら進んで病(やまい)の丙状態にしているのです。
病(やまい)の丙状態にずっと居続けていると、やがて死とリンクします。
病気がはじめて生命エネルギーの枯渇状態を促進することに一役買うことになるのです。
一日一年一生の中で如何に継続行為を多くするかによって、命を使うすなわち使命のための生命エネルギーの極大化を可能にするのです。