Chapter 730 亡者という病人

医者が錬金術師なら、患者はさしずめ金の亡者と言えるのではないでしょうか。
金の亡者も病気つまり病(やまい)の丙状態を言うわけですから、どっちもどっちの現代人間社会であります。
お金そのものには何の問題もありませんが、肝腎のお金を使う人間に病的な使い方をする問題があるのです。
病(やまい)には、全体宇宙の創世記においての三つの法則である誕生・生・死と同じように、病(やまい)の甲状態・乙状態・丙状態という三つの段階があります。
誕生して死ぬまでの間の生において、わたしたちは常に病(やまい)の甲状態・乙状態・丙状態のどれかに属しています。
つまり常に病(やまい)を内包しているのです。
病(やまい)の甲状態とは、殆ど「普段の運動」だけで生きている状態で、いわゆる病気の不在状態つまり健康状態を意味します。
病(やまい)の丙状態とは、「普段の運動」よりも「激しい運動」が圧倒的に多い状態で、いわゆる病気の在状態つまり発病を意味します。
病(やまい)の乙状態とは、「普段の運動」と「激しい運動」が錯綜していて、甲状態にも丙状態にもすぐに相転移する流動的な状態のことで、普段のわたしたちは大抵この状態です。
「普段の運動」とは、心体つまり肉体・五感・意識・「想い」の中で、全体観である肉体・意識レベルでの運動を意味し、五臓六腑はすべて「普段の運動」をしています。
「激しい運動」とは、心体つまり肉体・五感・意識・「想い」の中で、部分観である五感・「想い」レベルでの運動を意味し、外界つまり他者との絡み合いによって生じる五感及び第六感である「想い」による感覚を意味して、痛み・苦しみ・喜怒哀楽といった五感および「想い」による感情レベルの運動はすべて「激しい運動」をしています。
健康という状態などは実はないわけで、病気の程度の差だけであり、多かれ少なかれ病気の因子を常に持っているのが生命体です。
お金そのものには何の問題もありませんが、肝腎のお金を使う人間に病的な使い方をする問題があると申しました。
病気もお金と同じで、病気そのものには何の問題もありませんが、病気を使う人間に病的な使い方をする問題があるのです。
亡者とは病気の使い方が病的な者のことを言うのです。
病(やまい)の乙状態を常態として、最上態である甲状態との間を往来する生き方を健全な生き方と言います。
病(やまい)の乙状態を非常態として、最下態である丙常態との間を往来する生き方を亡者の生き方つまり病的人間と言うのであります。
医者が錬金術師なら、患者はさしずめ金の亡者と言ったのは、お金の問題だけではなく、生・死、オス・メス、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富、幸・不幸、天国・地獄・・・若・老、健・病の生・オス・善・強・賢・富・幸福・天国・・・若・健の亡者でもあります。
亡者とは病(やまい)の丙状態であることを、よくよく肝に銘じておくことです。