Chapter 736 生とは病(やまい)の乙状態

病(やまい)には甲・乙・丙の三つの状態があり、甲が最上態、乙が常態、丙が最下態で、わたしたちは丙状態を一般に病(やまい)と言っています。
甲・乙・丙はまさしく全宇宙の基本法則である誕生・生・死と連動していて、甲状態が誕生、乙状態が生、丙状態が死と連動しています。
病気が最大の死因の所以であります。
誕生と死は円回帰運動の始点と終点という同じ原点であり、静止状態-映像で言えば静止画面-であるのに対し、生は円周であり、運動状態-映像で言えば動画面-であり、実体があるのは誕生・死という静止状態であり、生という運動状態は実体ある誕生・死という原点の非連続運動(デジタル運動)を恰も連続運動(アナログ運動)していると錯覚をしている幻想であります。
生きているということ自体が実は錯覚の幻想に過ぎないのであって、実体があるのは『今、ここ』で繰り返す誕生・死の静止画面だけであるのです。
『今、ここ』しか現実はないわけであって、過去や未来に思いを馳せている自分など何処にもいないのです。
従って、過去や未来に思いを馳せた結果起こる病(やまい)の乙状態とは実体のあるものではなく、錯覚の幻想であります。
実体があるのは病(やまい)の甲状態と丙状態であり、甲状態が始点という原点であり、丙状態が終点という原点であり、同じ原点であります。
甲状態と丙状態がデジタル運動しているだけのことであり、それが恰もアナログ運動しているかのようにみえるのが乙状態であるわけです。
誕生と死という始点と終点を理解することで生が理解できるように、病(やまい)の甲状態と丙状態を理解することで乙状態が理解できるのです。
病気は生死の一形態である所以であり、生死を理解できれば病気を克服したのと同じです。
生すなわち生きるということは運動することに外ならないわけであり、運動状態とは本来実在しないものであり、実在する静止状態の仮想連続態であるに過ぎません。
わたしたちは『今、ここ』を誕生・死の繰り返しをしているだけのことであり、それを生つまり生きていると錯覚しているだけのことであります。
従って、病(やまい)に関しても同じことが言えるわけで、誕生・死の繰り返しの中で、病(やまい)の甲状態と丙状態の繰り返しをしているだけのことであり、それが乙状態であり、病(やまい)の乙状態の考え方に掛かっているのです。
『今、ここ』の『ここ』に勇気を以てジャンプするか、過去や未来に思いを馳せるか、一重に自己の決断に掛かっているのです。