Chapter 738 「在り方と考え方」の極意

知性が病(やまい)の根源であり、「在り方」だけで生きていれば全体観の存在でありますから、病(やまい)など無縁であります。
全体観の「在り方」で存在していれば、生・死、オス・メス、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富、幸・不幸、天国・地獄・・・若・老、健・病とも無縁であります。
「考え方」で生きる結果、精神が分裂して生じるギャップが病(やまい)の正体であり、病気つまり「気」の病(やまい)の所以であります。
従って、生老病死・愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦の四苦八苦の正体は知性にあり、「考え方」にあると言っても過言ではありません。
他の生き物は「在り方」だけで生きています。
人間だけが「在り方と考え方」で生きています。
しかも「考え方」が本質的に間違っているのですから、支離滅裂な中途半端な生き方になっている。
実体のないものを追いかけ、実体のあるものを避けるのですから、やる事為す事これすべて蜃気楼を追いかけているようなエネルギーの無駄遣いをしているのです。
人類という弱き生き物が知性を得た結果、地上の覇者になった。
弱き故に強くなった。
人類の差別・不条理・戦争の悲惨な歴史の謎を解く鍵がここにあるのです。
弱き生き物が外敵から身を守るために知性、つまり考える力を得て最大の武器としたのですが、弱き生き物の特性を依然持ち続けている人類は、常に敵の脅威を感じながら生きてきた結果、外敵がいなくなったら、内敵を意識しだした。
支配・非支配二層構造社会の誕生であります。
弱きゆえに強くなった。
弱き生き物が強くなった支配・非支配二層構造社会では、自分が強者になるためには、常に弱者を無理やりつくらなければならなかったのです。
強弱二元論の誕生であり、強弱二元論が差別意識を芽生えさせたのですが、常に何かに脅威を感じる弱者の宿命を背負っている結果、生・死、オス・メス、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富、幸・不幸、天国・地獄・・・若・老、健・病を対立要因として、生・オス・強・賢・富・幸福・天国・・・若・健を求め、死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄・・・老・病を避ける相対的一元論の考え方を持ってしまったのです。
生・オス・強・賢・富・幸福・天国・・・若・健を求めて、死・メス・悪・弱・愚・貧・不幸・地獄・・・老・病を避ける考え方は、五感で感知した結果、湧き上がる「想い」という感情の連鎖反応に外ならないわけで、まさしく弱者の考え方であるのです。
病気つまり病(やまい)の丙状態になるのは、まさしく弱者の考え方が原因であるのです。
病(やまい)の乙状態を常態とする考え方こそ、『今、ここ』から勇気を奮って『ここ』にジャンプすることに外なりません。
弱き生き物が強くなった真の価値は、『今、ここ』から『今』と『ここ』の二つの生き方をする点にあるのです。
まさに「在り方と考え方」の極致であり、すべての達人の極意は「在り方と考え方」の極致にあるのです。
達人には病気など無縁の代物であり、況してや介護など以ての外であります。