Chapter 742 病気を忘れる

常識の反転現象を受け入れるのは困難なことだと、わたしたちは思っています。
過去や未来に思いを馳せて生きているわたしたちですから、過去に起きたことを否定することは、未来に起きることを全く予測できない不安と恐怖のどん底に落ちる感覚になるからです。
しかし、わたしたちの辿ってきた人生を振り返ってみて、予測した通りの未来などあったでしょうか。
すべてが思いもかけない出来事の連続であった筈です。
常識の反転現象は決して珍しい出来事ではないのです。
日常茶飯事的に起こっているのです。
毎瞬起こっているのです。
息をすること自体が反転現象であり、それはまさしく誕生・死の繰り返し現象に外ならないのであり、それが「在り方」です。
常識の反転現象を受け入れるのは困難なことだと思うことは、「在り方」を自覚できず、「考え方」で生きていると思っているからです。
しかもその「考え方」が間違っているのです。
相対的一元論と有知性の絶対一元論つまり三元論の違いが間違いという意味であります。
従って、「考え方」の間違いということは、善悪二元論的な相対的要因ではなく、絶対一元論的要因であります。
間違いを冒すことは、善悪二元論に基づく罪を犯す概念とは全く違うものです。
「間違い」のことを“mistake”と言います。
機会を“take”することを“miss”することを「間違い」と言うのです。
間違いを冒すのであって、間違いを犯すのではないのです。
「忘れる」ことを“forget”と言います。
心つまり自我意識を亡くして、自分のため“for”に本当の自分を“get”することを「忘れる」と言うのです。
病気が治ると病気のことを忘れます。
病気のことを忘れたら病気が治るのです。
間違った「考え方」とは、連想することであります。
間違っていない「考え方」とは、自己を滅してただ“考える”という純粋行為のことを言います。
間違った「考え方」とは、『今、ここ』という機会を“take”することを“miss”することです。
間違っていない「考え方」とは、『今、ここ』にいる本当の自分を獲得するために、過去や未来に思いを馳せる自我意識を亡くする、つまり忘れることです。
常識の反転現象を受け入れることができるかどうかは、間違った「考え方」を忘れることにあるのです。
病気が治ると病気のことを忘れます。
病気のことを忘れたら病気が治るのです。
病気が治ることを英語では、“heal”と言います。
“heal”の語源は“whole”であり、「全体」という意味であります。
部分観である自我意識を滅して(忘れて)、全体観である“whole”になれば、病気は自ずから“heal”つまり治るというわけです。
間違った「考え方」を反転するために、病気になった心体を忘却することが肝腎であります。