Chapter 744 必要悪である相対的一元論

知性を得たわたしたち人類は相対的一元論hの世界に迷い込んだ結果、他の生き物たちには無縁な四苦八苦の人生を送る羽目に陥ってしまったのです。
迷える子羊ではなくて、迷える弱き人類になってしまったのです。
広大無辺な宇宙レベルでは、人類の文明など塵の存在観すらありません。
知的文明においては、他の生き物よりも優れている人類ではありますが、だからと言って、万物の霊長とは余りにも自画自賛が過ぎます。
却って、迷える弱き人類といったイメージの方が、宇宙レベルでは人類に対する正確な判断であります。
迷える弱き生き物であるなら、迷わない強き生き物に脱皮しようと努力するのが、生きるものにとっての使命であります。
善悪の判断の果実を食べたことによって知性を得た人類は、絶対的一元論のエデンの園から、相対的一元論の世界に迷い込んだわけです。
絶対から相対になったのですから、迷うのは当然であります。
善悪の判断をすること自体が相対的です。
絶対と相対の狭間に知性があるわけですから、知性は一段向上する上での必要悪のようなものと考えられます。
必要悪(Necessary evil)は向上する上で必要なものです。
必要悪(Necessary evil)という言葉があっても、必要善という言葉はありません。
偽善(Hypocrisy)という言葉があっても、偽悪という言葉がないのと対極関係にあるわけです。
まさしく悪は実体あるもので、善は悪の不在概念に過ぎない所以であります。
従って、知性を得たわたしたちは、出来るだけ速やかに必要悪(Necessary evil)である相対的一元論を超えて、有知性の絶対一元論の世界、つまり三元論の世界に入ることが必要なのです。
生は好いが死は好くない。
オスは好いがメスは好くない。
善は好いが悪は好くない。
強は好いが弱は好くない。
賢は好いが愚は好くない。
富は好いが貧は好くない。
幸福は好いが不幸は好くない。
天国は好いが地獄は好くない。
若さは好いが老いるは好くない。
健康は好いが病気は好くない。
こういった相対的一元論的考え方、平たく言えば、好いとこ取りする考え方を速やかに止めることです。
生・死のない世界。
オス・メスの概念がない世界。
善・悪の概念がない世界。
強・弱の概念がない世界。
賢・愚の概念がない世界。
富・貧の概念がない世界。
幸・不幸の概念がない世界。
天国・地獄の概念がない世界。
若・老の概念がない世界。
健康・病気の概念がない世界。
こういった三元論的考え方に速やかにならなければなりません。
知性を得たわたしたち人間が、好いとこ取りする結果何も得られない、八方美人の結果八方不美人になる四苦八苦の人生から抜け出るには、三元論的考え方しか道はありません。
必要悪(Necessary evil)は速やかに通り過ぎることが必要なのです。