Chapter 754 二十一世紀の鍵

人生における四苦八苦の根本は生死の問題であり、特に生きる上での老いることと、病むことが派生要因としてあるわけです。
老い・病みは不安感という取り越し苦労を生みます。
取り越し苦労の代表が生活する上での将来不安です。
生活するとは衣・食・住の問題であり、老いる不安・病む不安は結局のところ「食」の問題に突き当たります。
「食」の問題も畢竟(つま)るところ「死」の問題に突き当たります。
従って、「死」の問題に対する解答を得たらすべての問題の解答を得たことになります。
ところがわたしたち人間は、「死」の問題を横に置いて、「生」の各論の問題の解答を得ようと躍起になっているのです。
結果、支離滅裂な考え方をして生きることになるのです。
過去や未来に思いを馳せて生きる最大の問題が、将来不安に基づく取り越し苦労であります。
老いる不安・病む不安も、「食」の不安を解消してやれば大半は雲散霧消します。
国家同士で戦争をする根本原因もやはり「食」の問題であり、「食」の将来不安に基づく取り越し苦労が横たわっているのです。
個人の問題も、国家の問題も大して変わらないのです。
個人同士が軋轢の末、喧嘩をするのも、国家の戦争と動機は同じなのであります。
将来不安という取り越し苦労の解消が動機なのです。
お互いに、“自分さえよかったら好い”と考えている限り、喧嘩・戦争が絶えることはありません。
だからと言って、“相手さえよかったら好い”とも考え難いのが凡夫たるわたしたち人間であります。
地球レベルで人類の危機が迫っている最大の要因が人口の爆発的増加問題ですが、人口の爆発的増加問題も病気の根源である精神病が原因です。
「食」に対する将来不安に基づく取り越し苦労の解消方法として、食欲の代替としての性欲に耽る結果であります。
先進国の人間にとっては、「死」の不安が「食」の不安に行き着き、「食」の不安が老いる不安・病む不安に行き着くのに対し、後進国の人間にとっては、「食」の不安は即「死」の不安に繋がり、「死」の不安を子供を生むことで解消しようとするのです。
食欲と性欲は実に複雑な関係にあり、その根底には衣・食・住という生き物の基本要件が関わっているのであります。
衣・食・住の「食」の問題が物理的な面であるのに対し、「衣」と「住」の問題は精神的な面であります。
“生き物は固有の空間を必要とする”
散歩するペットの犬が小便をしてまわるのは自己の固有の空間を確保するためです。
わたしたち人間も最低限の固有の空間を必要とし、それを妨げられれば精神に支障を来します。
イナゴやバッタの大群が発生するのは、「食」に対する不安が高じた結果であり、延いては、「住」の基本要件である固有の空間確保に対する不安が高じた結果の悪循環であります。
彼らの結末が集団自殺であるのは、悪循環に陥った当然の帰結であり、集団自殺する精神状態はまさしく精神分裂状態であり、その原因は固有の空間の消失であります。
大群になればなるほど固有の空間の確保は脅かされるのですから、集団自殺を図るしか道はなくなるのです。
しかし、「食」の不安問題を抱えている間は、「生」に対する執着が極大化していますから、「死」に対する意識は全くありません。
飢えている人間が餓死することはあっても、自殺することは100%ない所以であります。
人類の文明とは、衣・食・住の問題解決の過程現象であると言っても過言ではありません。
「食」の問題は物理的基本問題であります。
「衣」と「住」の問題は精神的副次的問題であります。
後進国に「食」の問題があり、先進国に「衣」と「住」の問題がある所以です。
先進国間で戦争が起こるのは、「住」の問題畢竟(つま)るところ「土地」問題・領土問題に行き着くのです。
衣・食・住の不安解消問題が二十一世紀の鍵であります。