Chapter 755 能動の社会から受動の社会へ

二十一世紀は女性社会になると申しました。
人類の歴史は概ね男性社会の歴史でありましたから、二十一世紀は人類の新しい歴史のはじまりの世紀だと言っても過言ではありません。
差別・不条理・戦争は男性社会の十八番(おはこ)でしたが、最早(もう)止めにしなければなりません。
オスとメスは両極にあります。
差別に対しての対極が平等です。
不条理に対しての対極が公正です。
戦争に対しての対極が共生です。
平等・公正・共生は女性社会の十八番(おはこ)ですから、早急に男性社会から女性社会に移行しなければ、人類の滅亡の危機を回避することはできないでしょう。
差別に付き物なのが世襲・相続の慣習であります。
インドのカースト制度も、日本の士農工商制度も、そしてあらゆる差別の根源は世襲・相続の慣習から発したものです。
インドのカースト制度の峻烈さは、生まれ落ちた身分は一生変わらないという点にあります。
どんなに粉骨砕身の努力をこの世でしても、生まれ落ちた際の身分から絶対に這い上がれないのです。
これこそ世襲・相続の慣習の極みであります。
現代社会に生きるわたしたちも世襲・相続の慣習を踏襲している一方で、自由・平等の民主主義社会だと思い込んでいますが、世襲・相続の社会と自由・平等の民主主義社会とは本来対極にあるものですから、自己矛盾も甚だしい社会だと言えます。
どちらかが虚構の姿だということでありますが、答えは明白であります。
わたしたちの心の中にあるのは自由・平等の民主主義精神ではなくて、束縛・差別の支配・被支配二層構造の精神なのです。
自分たちは差別される側ではなくて、差別する側だと思い込んでいるのです。
自分たちは支配される側ではなくて、支配する側だと思い込んでいるのです。
この考え方こそ男性の能動思考回路によるものであります。
自分たちは差別される側なので、差別することは好くない。
自分たちは支配される側なので、支配することは好くない。
この考え方こそ女性の受動思考回路によるものであります。
男性社会である限り、差別・不条理・戦争が絶えることはありません。
世襲・相続の差別意識は、男性が女性に持つ劣等意識に端を発しています。
男性にとって女性に負けることがあります。
子供を産めないことであります。
自分の証拠を死後残しておくことができない。
死の恐怖は自分が消滅することに尽きます。
女性は自分の肉体を子供に引継ぐことができるが、男性はできない。
男性は単発式鉄砲だが、女性は連発式機関銃なのです。
セックスにおけるオルガスムにおいても同じメカニズムが働いているから、男性は単発しかできないが、女性は連発が可能なのです。
死を超えた肉体の引継が女性は可能なのに、男性はできないから、男性は世襲・相続によって自己の存在証明をしたがるのです。
従って、世襲・相続に関心がないのが女性の本来性なのです。
差別・不条理・戦争が男性社会の特徴であり、平等・公正・共生が女性社会の特徴である所以が、子供を産む能力の問題と関わっているのです。
差別・不条理・戦争の支配・被支配二層構造と世襲・相続の慣習に基づく男性社会。
平等・公正・共生の支配・被支配二層構造と世襲・相続の慣習のない女性社会。
わたしたちは今その選択に迫られているのです。