Chapter 763 タマゴが先かニワトリが先か

地球における四十八の法則も、運動の基本法則である誕生・生・死の三つの法則の派生したものです。
運動の法則とは、「二元論」・「全体と部分の相対性の法則」・「在り方と考え方」の共通部分と固有部分が生じた結果であります。
共通部分だけでも運動は起こり得ないし、固有部分だけでも運動は起こり得ないのは、運動つまり動く基本要件は二つの位置間を移動することにあるからです。
振り子が振り(動き)続けるのは、両端という二つの位置を移動し続けるからであり、最下点で止まったら最後、振り子運動は停止(静止)してしまうのです。
運動とは二つの矛盾(contradictory)した位置を移動することに外なりません。
運動の世界とは、二元論の世界に外なりません。
運動の世界とは、運動と静止があって運動ですから、三元論の世界でもあります。
プラスとマイナスが運動であって、ニュートラルが運動の中での静止であるわけで、絶対宇宙における絶対的静止に対する、運動の宇宙における相対的静止であります。
誕生・生・死の三つの基本要件がプラス・ニュートラル・マイナスの三つの法則と呼応している所以であります。
生つまりわたしたちが生きているということは、動いている世界-運動と静止を繰り返す世界-にいるわけで、二元論世界と三元論世界にいることに外ならないわけで、三次元立体世界にいると同時に四次元世界にいるという意味でもあります。
十六通りの二元論である、生・死、オス・メス、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富、幸・不幸、天国・地獄はまさしく生きている世界つまり運動の世界の矛盾(contradictory)した二つの補完要因に外ならないのであり、畢竟(つま)るところ、“タマゴが先か、ニワトリが先か”の命題に尽きると言ってもいいでしょう。
タマゴが原因で、ニワトリが結果なのか。
ニワトリが原因で、タマゴが結果なのか。
地球上に生命体が最初に誕生したのは今から36億年前のことであり、単細胞生命体が誕生-生物学では個体発生といいます-しました。
それから28億年後の今から8億年前に多細胞生命体つまり有機生命体が誕生-生物学では系統発生といいます-しました。
“タマゴが先か、ニワトリが先か”の命題は、個体発生学の立場つまり二元論に立てば、循環して際限がなくなるが、28億年の時間を経て系統発生した立場つまり三元論に立てば、タマゴでも、ニワトリでもない、両者を超えたものから、両者が誕生したことがわかってくるのです。
個体発生とは二元論つまり三次元世界でのことであり、系統発生とは三元論つまり四次元世界でのことであります。
“タマゴが先か、ニワトリが先か”の問題がどこまでも解決できないのは、二元論世界にいるからであり、三元論世界つまり“タマゴでもない、ニワトリでもない”考え方になってはじめて、際限ない問題を解決できるわけです。
生が好くて、死は好くない。
オスが好くて、メスは好くない。
善が好くて、悪は好くない。
強が好くて、弱は好くない。
賢が好くて、愚は好くない。
富が好くて、貧は好くない。
幸福が好くて、不幸は好くない。
天国が好くて、地獄は好くない。
といった考え方は、
“タマゴが先か、ニワトリが先か”
の二元論的考え方であります。
生も死も同じで共にない。
オスもメスも同じで共にない。
善も悪も同じで共にない。
強も弱も同じで共にない。
賢も愚も同じで共にない。
富も貧も同じで共にない。
幸福も不幸も同じで共にない。
天国も地獄も同じで共にない。
といった考え方が、
“タマゴでもない、ニワトリでもない”
の三元論的考え方であります。
四苦八苦の人生とは、際限なく繰り返す答えのない、“タマゴが先か、ニワトリが先か”の二元論世界の呪縛であり、差別・不条理・戦争が際限なく繰り返されている原因であるのです。
“差別・不条理・戦争もない、平等・公正・共生もない”世界が、“タマゴでもない、ニワトリでもない”次の第二のステップであります。