Chapter 778 純潔とは“美”

純潔とは“美”の原点であります。
純潔な肉体とは美しい体であります。
純潔な意識とは美しい心であります。
穢れのない体と心を、肉体と意識と言うのであります。
穢れた体と心を、五感と「想い」と言うのであります。
穢れるとは、他者によって犯されることを言うのであります。
従って、自己とは受動性を持つメスが本来であり、他者とは能動性を持つオスが本来の在り方です。
女性の本質が“美”である所以です。
女性とは心も肉体も美しいものなのです。
“美”の原点が女性にあるのに対し、穢れの原点が男性であります。
人類という弱き生き物が知性という武器によって地上を制覇した結果、誕生した男性社会は穢れの社会だった。
穢れの観念が祟りの概念を生み、祟りの概念が宗教を生み、宗教(祭り事)が政治(政り事)を生み、政治が支配・被支配二層構造社会を生み、支配・被支配二層構造社会が世襲・相続の差別概念を生み、世襲・相続の差別概念が戦争を生んだのであります。
どこかでボタンの掛け違いが起こった。
エデンの園で禁断の実を食べた人類。
まさにボタンの掛け違いがここで起こったのです。
エデンの園で生活している他の生き物は、一見オス社会のように見えますが、実はメス社会なのです。
ボスと称しているのは人間が勝手に名付けただけで、彼らの社会でのオスの役目は外敵から種を守ることと、種の保存の相方としてだけです。
種の継続をするのはメスであるメス社会が、オス・メス社会の原点なのです。
種の保存のためにある交尾行為は、“美”と穢れの交尾であると言っていいでしょう。
受精とは純潔を穢される行為であり、他者の介入を許す行為であり、犯される行為であります。
従って、純潔を失うことが許されるのは種の保存目的に限った場合だけであるわけで、他の生き物たちは、この法則を守っています。
人類の大群発生が起こっている中で、性行為は種の保存目的から快楽目的に変化していっています。
種の保存目的から赤ん坊が生まれているのでなくて、快楽目的から赤ん坊が生まれ、人類の大群が発生しているのです。
地球の生態系つまり食物連鎖の法則を崩しているのは、性行為の本来性を歪めた純潔意識の欠落に帰因するのであり、人口の急増と高齢化と少子化問題の遠因も、畢竟、純潔意識の欠落した人類の所為であると言っても過言ではありません。
穢れの概念の男性社会から“美”の概念の女性社会へ。
女性社会とは純潔な“美”の社会であります。