Chapter 783 聖職者と守銭奴

科学は能動的つまり攻撃的であるのに対して、哲学つまり学問は受動的であると申しました。
科学者は学問をする者ではなく、富・名誉・権力を志向する者に外なりません。
宗教が古の時代に政治と結託していたように、近代社会になってからは、科学が宗教に取って代わって政治と結託するようになっただけのことです。
聖職者と嘗て呼ばれてきた政治家・役人・教育者・医者・宗教者・・・支配者とは、富・名誉・権力といった人為的欲望と深く関わったものに外ならなかったのです。
別の言い方をすれば、質と量の関係における質の世界の話であり、質と量は反比例する宇宙の法則に従って、質の世界は稀少の世界であり、支配者の世界になるわけです。
一方、被支配者は量の世界です。
聖職者が支配者と結託する危険性がある所以で、現に拝金主義が高じた現代社会では、聖職者は名誉よりも富や権力を求めた結果、守銭奴に成り下がってしまったわけです。
古代・中世と続いた支配者と宗教者の結託を転覆させようとしたのが、近代の幕開けであり、宗教革命こそがルネッサンス・産業革命を呼び起こしたきっかけであったことを、見逃してはなりません。
ルネッサンスが宗教革命を生んだのではなく、宗教革命がルネッサンスを生み、ルネッサンスが産業革命を生んだのが真相であり、宗教者が支配者と結託した古代・中世に対して、近代では科学者が支配者つまり政治家と結託しただけのことです。
現代社会でも、宗教が政治に絡んでいるのは、古代・中世の名残であるのです。
近代社会が主権在民の民主主義社会であるなどと思い込んでいるのは、被支配者である一般大衆だけであり、支配者たちは巧妙にその手口を変えて、支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別社会を堅持してきたのであります。
支配者の片棒を担いできたのが科学者であり、嘗ての聖職者であります。
聖職者と守銭奴は紙一重の差しかないものであることを忘れてはなりません。
現代社会の聖職者たちは守銭奴に成り下がってしまっているのです。
政治家・役人・教育者・医者・宗教者・・・たちは悉く支配者側に立ってしまっています。
支配者側に陥り易い聖職者が、支配者側に立たず、被支配者側に立つから聖職であり得たのです。
現代社会が退廃しているのは、聖職者が守銭奴に成り下がったのが最大の原因であることは疑う余地もありません。
聖職者が守銭奴に成り下がった原因は、偶像崇拝の極致現象である拝金主義にあります。
拝金主義という偶像崇拝の極致現象に陥った原因は、科学者が聖職者から守銭奴に成り下がった点にあります。
聖職者とは支配者と結託する立場にありながら、被支配者側に立つから聖職であり、富や権力の代わりに名誉を得ることができるのです。
富・権力・名誉といった人為的欲望を希求するのは、子供を産めない男性の特性であります。
食欲・性欲といった本能的欲望を求めるのは、子供を産む女性の特性であります。
人為的欲望を抑えるから聖職者たり得るわけで、人為的欲望を希求すれば守銭奴に成り下がるのは必定であります。
富・権力・名誉といった人為的欲望を抑え、食欲・性欲つまり衣・食・住を重視した人間社会が女性社会の根幹を成すものであり、その為にも聖職の復活が望まれます。
金持ちから徳持ちの時代へ。
守銭奴から聖職者の時代へ。
富・権力・名誉といった人為的欲望重視から衣・食・住といった本能的欲望重視の時代へ。
男性社会から女性社会の時代へ。