Chapter 786 (男女)同権か対等かの決め手

(男女)対等という言葉の意味は、両極端に位置する二つのものが対峙する一方で、表裏一体の補完関係にあることを示唆しています。
二元論の根幹の考え方であります。
(男女)同権という言葉の意味は、両極端に位置する二つのものが対立する結果、一方を選択し、他方を喜捨する考え方、つまり、好いとこ取りする相対的一元論の考え方であります。
生・死の生を選択し、死を喜捨する。
オス・メスのオスを選択し、メスを喜捨する。
善・悪の善を選択し、悪を喜捨する。
強・弱の強を選択し、弱を喜捨する。
賢・愚の賢を選択し、愚を喜捨する。
貧・富の富を選択し、貧を喜捨する。
幸・不幸の幸福を選択し、不幸を喜捨する。
天国・地獄の天国を選択し、地獄を喜捨する。
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健康・病気の健康を選択し、病気を喜捨する。
神・悪魔の神を選択し、悪魔を喜捨する。
わたしたち人間が連綿と続けてきた、好いとこ取りの相対的一元論の考え方であります。
男女同権の考え方は、好いとこ取りの相対的一元論の考え方であり、男尊女卑-裏返せば女尊男卑-の差別意識の根元でもあります。
男女同権思想が始まった戦後の世界特に日本の潮流が、依然これからも続けば、1万2千年周期で起こる「二元論の時代」の反転時期である二十一世紀は、劣性遺伝した女性社会になります。
1万2千年周期の「二元論の時代」が最初に展開された人類の過去の歴史が、
劣性遺伝した男性社会であった故に、差別・不条理・戦争が横行したように、劣性遺伝した女性社会になれば、平等・公正・共生の新しい社会ではなくて、混乱・束縛・停滞の新しい社会になる恐れがあるのです。
差別・不条理・戦争のこれまでの社会から、平等・公正・共生の新しい社会になるのか。
差別・不条理・戦争のこれまでの社会から、混乱・束縛・停滞の新しい社会になるのか。
分岐点に立っている、わたしたち現代人の行末の決め手になるのが、好いとこ取りの相対的一元論の考え方を踏襲するのか、二元論の本質を理解した考え方に変身するのかに掛かっています。
生・死を表裏一体の補完要因と理解し、生死を超えた生き方をする。
オス・メスを表裏一体の補完要因と理解し、オスメスを超えた生き方をする。
善・悪を表裏一体の補完要因と理解し、善悪を超えた生き方をする。
強・弱を表裏一体の補完要因と理解し、強弱を超えた生き方をする。
賢・愚を表裏一体の補完要因と理解し、賢愚を超えた生き方をする。
貧・富を表裏一体の補完要因と理解し、貧富を超えた生き方をする。
幸・不幸を表裏一体の補完要因と理解し、幸不幸を超えた生き方をする。
天国・地獄を表裏一体の補完要因と理解し、天国地獄を超えた生き方をする。
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健康・病気を表裏一体の補完要因と理解し、健康病気を超えた生き方をする。
神・悪魔を表裏一体の補完要因と理解し、神悪魔を超えた生き方をする。
生命体を宿している地球レベルでの二元論は、「オス・メス」二元論が基本になるわけであり、「オス・メス」二元論における人間社会では、男女対等の考え方が二元論の本質であり、男女同権の考え方が好いとこ取りの相対的一元論の考え方なのです。
男女同権の考え方を、これまで通り続けるなら、差別・不条理・戦争のこれまでの男性社会から、混乱・束縛・停滞の新しい女性社会になるでしょう。
男女対等の考え方に変身するなら、差別・不条理・戦争のこれまでの男性社会から、平等・公正・共生の新しい女性社会になるでしょう。