Chapter 790 二十一世紀の医学(1)

二十一世紀は受動的・防御的・不随意的・凹型要素といった女性らしさが発揮される社会の世紀になるでしょう。
物質的に豊かな人間社会になればなるほど、わたしたちが最も神経質になるのが、生老病死の四苦であります。
高齢化社会とは、まさしく、生きる苦、老いる苦、病気の苦、そして挙げ句の果てに死の苦に直面する人間で溢れる世界になるわけで、特に病気から逃れたいという欲望がますます強くなっていきます。
現代医学は二十世紀までの医学、つまり能動的・攻撃的・恣意的・凸型要素といった男性社会の医学であり、聖職者としての医者の時代は、男性社会の優性遺伝子である秩序・自由・進歩が発揮されていましたが、守銭奴に成り下がった医者の現代は、男性社会の劣性遺伝子である差別・不条理・戦争が発露されているのです。
病気が病気を呼ぶ悪循環に陥っているのです。
病気つまり病(やまい)の丙状態になる原因には、エネルギー不足レベルに因るものと、休養不足レベルに因るものの二つがあります。
疲れを感じるのは、エネルギー不足に因るものですが、病気つまり病(やまい)の丙状態だとは、わたしたちは思っていません。
風邪なども、エネルギー不足レベルに因るものですが、深刻な病気つまり病(やまい)の丙状態から死に至るような状態だと、わたしたちは思っていません。
運動エネルギーの補給である食事、生命エネルギーの補給である睡眠を採れば治ると判っているからです。
深刻な病気は、エネルギー不足レベルに因るものではなくて、休養不足レベルに因るものなのです。
深刻な病気である癌・心臓疾患・脳疾患といった、所謂成人病(現代では生活習慣病と呼ばれている)は、エネルギー不足に因る病気ではなくて、休養不足に因る病気であります。
“エネルギー不足は休養によって回復できるが、休養不足は運動によってしか回復できない”
二元論の真理であります。
逆説の真理であります。
ストレスは精神の休養不足に外なりませんが、ストレスは食事つまり運動エネルギーの補給では解消できません。
風邪のように、生命エネルギーの補給つまり睡眠によって解消されるものもありますが、生命エネルギーの補給は睡眠によって為されているだけではなくて、生きている限り補給されているものですから、睡眠は必要条件ではあっても、必要十分条件ではないのであります。
「夢の中の眠り」の主題である「眠り」は、生きる上において決して必要欠くべからざるものではないと、主張している所以であります。
エネルギー不足ならエネルギーを補給すればいいのですが、休養不足を補給するのは、運動するしか方法はないのです。
休養によってエネルギーは回復するが、休養は運動によってしか回復できないのであります。
息を吸うには、息を完璧に吐くことであるように、休養するには、運動を完璧にするしか方法はないのです。
リラックス(休養)するということは、緊張(運動)の極限状態つまり完璧な緊張の結果としてリラックスが自ずから生ずるのであります。
生老病死という四苦の中で最も神経質になる深刻な病気は、休養を介してエネルギーを回復することによって治す病気ではなくて、運動を介して休養を回復することによって治す病気であることを、現代医学は見逃しているのです。
生きているということは、動いていることであります。
死ねばつまり動きを止めれば、病気は消滅します。
生きている中で病気を解消するには、運動を介してしか道はないことを、肝に銘じておくことであります。
病気を解消するには、死ぬか、生きるつまり運動するか、しかないのです。
受動的・防御的・不随意的・凹型要素といった女性らしさが発揮される二十一世紀の社会では、従来の能動的・攻撃的・恣意的・凸型要素が発露された医学からの脱却が為されるでしょう。