Chapter 802 垂直の世界

肉体レベルでは、一生の2/3-80年の人生とすればおよそ54年-が醒めた人生で、1/3-80年の人生とすればおよそ26年-が眠った人生ですが、意識レベル、平たく言えば、精神・魂レベルでは、一生の1/10(8年)が醒めた人生で、9/10(72年)が眠った人生を送っているのが、わたしたち人間であると言っても過言ではありません。
潜在能力の1/10程度しか発揮していないのが、知性の生き物・人類であると言われています。
知能指数(IQ)が200以上あったと言われるアインシュタインでさえ、潜在能力の2/10程度しか発揮していなかったのですから、平均知能指数が100から130程度の、わたしたち一般的な人間が潜在能力の1/10程度しか発揮できないのは無理もありません。
意識には顕在意識・潜在意識があって、顕在意識の層は潜在意識の層の1/10程度の厚さしかないのが、その根拠であると、フロイト・ユングの西洋心理学では主張しています。
顕在意識とは醒めた状態のことでありますが、潜在意識が眠った状態のことであるのか、醒めた状態のことであるのか、この点の判断が極めて難しいのです。
意識が醒めた状態か、意識が眠った状態かで判断した方がわかり易い。
意識が眠った状態とは、時間が流れている中で生きている、つまり、過去や未来に思いを馳せている状態のことであります。
静止画面の積み重ねである映画をフィルムを早送りすることによって、動画面にしているのが、過去や未来に思いを馳せている状態と同じことであり、映像を実在するものと勘違いしていることこそ、意識が眠っている状態に外ならないのです。
意識が醒めた状態とは、時間が静止している中で生きている、つまり、『今、ここ』にいる状態のことであります。
動画フィルムなどは実在しないで、静止画フィルムしかないように、静止画フィルムこそ、時間の流れが静止している、『今、ここ』の状態であります。
過去や未来に思いを馳せて連想の人生を送っている人は、顕在意識で生きている人と言っていいわけです。
『今、ここ』を生きている人は、潜在意識で生きている人と言っていいわけです。
未来に希望を持つからこそ人間の成長があると、勘違いしている人が多いのですが、そういう人は自分の潜在能力を1/10程度しか発揮できてない人生を送っていることを自覚しなければなりません。
“火事場の馬鹿力”とは、正に、『今、ここ』にいることで、普段の10倍という潜在能力の馬鹿力を発揮できるのです。
未来に思いを馳せるということは、過去に思いを同時に馳せていること。
そのことを理解できれば、希望を持つ未来への思いが如何に徒労かがわかる筈であります。
実現する希望とは、『今、ここ』という実在の延長線上にあることを知るべきです。
実現しない希望は、未来に思いを馳せた延長線上にあることを知るべきです。
見果てぬ夢(Impossible Dream)は、意識の眠った夢です。
現実化する夢(possible Dream)は、意識の醒めた夢です。
『今、ここ』を生きることが、普段の10倍の能力を発揮させてくれるのです。
『今、ここ』を生きようと努力しても、わたしたちはすぐに、過去や未来に思いを馳せてしまいます。
しかし、『今、ここ』を意識していれば、過去や未来に決別をする機会も増えるということに注目しなければなりません。
虚時間の垂直線と、過去・現在・未来という実時間の水平線とを往来するには、『今、ここ』という原点を通過せざるを得ないのであります。
虚時間の世界こそ、「悟り」、「覚醒」、「愛」の世界なのです。