|
Chapter 810 全体観と部分観 意識が醒めた状態で生きているなら、わたしたちは眠る必要はないわけです。 意識が眠っている分だけ、眠りを必要とする。 従って、よく眠る人は、意識もよく眠っているわけです。 生きている本質は、運動していること、つまり醒めていることに外なりません。 誕生(死)の本質は、静止していること、つまり眠っていることに外なりません。 “永遠の眠りに就く”ことを以て、死と言うわけであるのに、わたしたちは、四六時中眠っているのですから、およそ生きているとは口が裂けても言えません。 肉体と意識は眠ることは一切ない。 肉体の部分である五感、意識の部分である「想い」が眠っている時と、醒めている時がある。 「全体と部分の相対性の法則」が機能している証左であります。 わたしたち人間も宇宙と同じように、全体と部分を包含しているのです。 静止の暗闇と沈黙の絶対宇宙にとっては、絶対宇宙が全体で、運動の光と音(喧噪)の全体宇宙は部分であります。 全体宇宙にとっては、全体宇宙が全体で、銀河星雲は部分であります。 銀河星雲にとっては、銀河星雲が全体で、太陽は部分であります。 太陽にとっては、太陽が全体で、太陽系惑星群が部分であります。 太陽系惑星群にとっては、太陽系惑星群が全体で、地球が部分であります。 地球にとっては、地球が全体で、わたしたち人間の肉体が部分であります。 わたしたち人間の肉体にとって、肉体が全体で、五感が部分であります。 二進数では、全体は0で、部分は1であります。 十進数では、全体が1で、部分は2以上であります。 0が静止なら、1が運動です。 1が静止なら、2以上が運動です。 絶対宇宙が静止なら、全体宇宙は運動です。 全体宇宙が静止なら、銀河星雲は運動です。 銀河星雲が静止なら、太陽は運動です。 太陽が静止なら、太陽系惑星群は運動です。 太陽系惑星群が静止なら、地球は運動です。 地球が静止なら、わたしたち人間の肉体は運動です。 わたしたち人間の肉体が静止なら、五感は運動です。 「全体と部分の相対性の法則」はマクロからミクロまで厳然と働いているのです。 静止と運動の関係は、相対性の法則であって、絶対静止も絶対運動もない。 静止は運動であり、運動は静止であります。 全体の肉体が運動し続けているなら、部分の五感は静止しているとも言えるのです。 全体の肉体が四六時中働いているのに、部分の五感が運動と静止を繰り返している所以がここにある。 全体観が静止一色なら、部分観は静止と運動の二色。 全体観が運動一色なら、部分観は静止と運動の二色。 二進数では、全体は0で、部分は1であります。 十進数では、全体が1で、部分は2以上であります。 0が静止なら、1が静止と運動です。 1が静止なら、2以上が静止と運動です。 1が運動なら、2以上が運動と静止であるわけです。 「二元論」、「全体と部分の相対性の法則」、「在り方と考え方」の三つの法則が、宇宙の基本である所以です。 |