Chapter 812 死と背中合わせで生きる

意識が醒めているということは、死を意識して生きていることに外なりません。
意識が眠っているということは、死を意識しないで生きていることに外なりません。
この世に生を受けて誕生したモノはすべて死によって完結するという宿命を負っています。
誕生・生・死の円回帰運動であります。
マクロの宇宙からミクロの素粒子に至るまで、すべてのモノに働く法則であり、その間に人間という有機生命体も含まれているわけで、地球上の生き物だけに死があるわけではないのです。
誕生で始まった円運動が生であり死という終点で完結する。
従って、生とは円運動に外なりません。
円運動の始点と終点が定まって円回帰運動になる。
誕生によって始点が定まると、自動的に終点という死が定まるわけであり、生とは死という終点を目差しての行進に外なりません。
この世に生を受けて誕生したモノはすべて死によって完結するという宿命を負っている所以であります。
従って、誕生するということは全体観から部分観の誕生に外なりません。
円運動が円回帰運動になるわけです。
全体観の状態だと果てのない円運動でありますが、部分観の状態だと果てのある、つまり、始点と終点が定まった円回帰運動になるのであって、宿命とは始点と終点とが定まることです。
“すべてのエネルギー(物質)の総量は不変であり、その形態が変化するだけである”
熱力学第一の法則であります。
宇宙に存在する物質の総量は不変であり、その形態が変化するだけですから、わたしたちの肉体も形態が変化するだけで、死んだからといって消滅するわけではありません。
消滅するのは意識つまり魂だけが消滅するのです。
生身の身体が死ぬことによって腐乱し、最後には地球の土に変化するだけのことであります。
まさに果てのない円運動です。
しかし、生身の身体にとっては、誕生という始点が定まることで、死という終点が定まるわけですから、宿命という円回帰運動であるわけです。
始点が定まった限り、終点だけが唯一確定された出来事なのです。
それ以外の出来事はすべて不確定の出来事なのです。
更に、この世に生を受けて誕生したすべてのモノに唯一確定されている死の時期は確定されていないのです。
つまり死は突然やって来るのです。
若いから死は遠い先の話というわけではないのです。
老いているから死は近い話というわけでもないのです。
老若男女すべてに死は突然やって来るのです。
“死とは差出人名のない書留速達郵便”
死は常に身近にあるのが、生きている本質なのであります。
死と背中合わせで生きているのが、野生の本質なのであります。
わたしたち人間だけが死と背中合わせで生きようとせずに、安全圏で生きようと躍起になっているのですが、土台無理な話なのです。
人生に四苦八苦して苦悩するのは、土台無理な話を何とかしようとすることに起因しているのです。
死と背中合わせで生きるのが、この世に生を受けて誕生したすべてのモノにとっての宿命なのです。
意識が醒めているということは、死を意識して生きていることに外なりません。
意識が眠っているということは、死を意識しないで生きていることに外なりません。