Chapter 816 人生の奥義

一日24時間の中で、僅か数秒間ではあるが、意識が醒めている瞬間(とき)がある。
「悟り」、「覚醒」、「愛」の一瞥を得る瞬間(とき)がある。
生と死の間に横たわる深淵(Abyss)を経験できる瞬間(とき)がある。
『今、ここ』とは、その瞬間(とき)のことであります。
誕生・生・死は円回帰運動の基本法則であり、始点である誕生から始まって、生が円周、そして終点である死で以て円運動を完結する。
何故円運動なのでしょうか。
ここに人生の奥義が隠されているのです。
“人生は山あり谷あり”と言われていることは、誰でも知っています。
人生は直線運動ではなく、三角関数的曲線運動であることを示していると言った方が論理的であります。
同じ大きさの山と谷を交互に繰り返す変化を線で示しているのが三角関数曲線です。
山あり谷ありの三角関数曲線を描く条件は、円運動をしなければならないことであります、つまり、山あり谷ありの人生は円周上の運動に外ならないのであり、生が山あり谷ありの運動をする円周である所以です。
生とは生死の繰り返しの生であって、生だけが在るわけではない。
誕生・生・死とは生死二元論と言い換えてもいいでしょう。
始点(終点)と円周で以て円が描かれる。
生死二元論の実体は死(誕生)であって、生は死(誕生)の不在概念である所以です。
死に至る過程は、円周が縮んでいく(収縮する)過程と考えたらよくわかります。
始点(終点)は不変であり、円周が変化する。
誕生(死)は不変であり、生は変化する。
生は三角関数曲線状に変化するが、死が近づくに連れて、山と谷の起伏が小さくなっていき、やがて死に至るに及んで直線になる。
心臓の動きを心電図で捉えると、山あり谷ありの三角関数曲線を描いていて、心臓が止まるつまり死ぬと、山あり谷ありの曲線から直線になる。
死が近づくに連れて、円運動をしている円周が収縮していき、やがて始点と終点が一つになって死に至ることで、円が点になる。
風船が膨張してやがて破裂して収縮して最後に風船でなくなる。
誕生・生・死の最長形態である一生が最大の円。
誕生・生・死の最短形態である一息が最小の円。
「悟り」、「覚醒」、「愛」が誕生(死)という静止点であり、「迷い」、「眠り」、「憎しみ」が生という円周なのです。
生きているということは、誕生・生・死の円回帰運動、言い換えれば、山あり谷ありの三角関数曲線運動の膨張・収縮過程であると考えたらいいでしょう。
一日24時間の中で、僅か数秒間ではあるが、意識が醒めている瞬間(とき)がある。
「悟り」、「覚醒」、「愛」の一瞥を得る瞬間(とき)がある。
生と死の間に横たわる深淵(Abyss)を経験できる瞬間(とき)がある。
「悟り」とは、出家した者だけに与えられるものではなく、四苦八苦の人生を送る凡夫ゆえにある一瞥に外ならないのです。
一日24時間の中、僅か数秒間ではあるが、朝目が醒めた瞬間(とき)と、夜眠りに就く瞬間(とき)こそ、「悟り」、「覚醒」、「愛」の一瞥の機会であり、その瞬間(とき)こそ、自ずから『今、ここ』にいる瞬間(とき)なのであります。