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Chapter 817 『今、ここ』のドラマ 生きているということは、迷いと悟りを繰り返すことに外なりません。 人生は迷い一如でもない。 人生は悟り一如でもない。 悟りという山と、迷いという谷を交互に繰り返すのが、生きている証であり、それが人生であります。 “昨日は実に嫌な一日だったが、今日はそうでもない” “今日は実に好い一日だったが、明日はそうでもない” 嫌な日がずっと続くわけではない。 好い日がずっと続くわけでもない。 一日24時間の中で、誰もが経験する悟りの一瞥。 朝目が醒めた瞬間(とき)。 夜眠りに就く瞬間(とき)。 眠りから覚醒へのギアチェンジをするのが、朝目が醒めた瞬間(とき)。 覚醒から眠りへのギアチェンジをするのは、夜眠りに就く瞬間(とき)。 山から谷へのバトンタッチをする裾野と、谷から山へバトンタッチする裾野が、直線の一点であり、まさに死の一瞥であります。 変化のある山と谷が生であり、変化のない直線が誕生(死)であります。 山と谷の存在意義は、その高さと深さにあります。 三角関数曲線で言うと、振幅です。 三角関数曲線で言う波長は2πすなわち一円周と決まっています。 1π(半円)が山。 1π(半円)が谷。 誕生・生・死という円回帰運動の最長形態である一生という山と谷から、最短形態である息という山と谷は、円の大きさは違っても2π(360度)の円であることには変わりありません。 波長は常に2π(360度)の円なのです。 問題は振幅、つまり、高さと深さであります。 わたしたちは、自分の人生を水平的(量的)に捉えていますが、それでは永遠の鼬ごっこになります。 わたしたちは、自分の人生を垂直的(質的)に捉えなければなりません。 財産や地位や権力(名誉)といったこの世的成功は水平的(量的)物差しであります。 「悟り」、「覚醒」、「愛」は、垂直的(質的)物差しであります。 水平的(量的)物差しで計る人生は三次元世界観です。 垂直的(質的)物差しで計る人生は四次元世界観です。 三次元世界と四次元世界の交差点が『今、ここ』であります。 四次元世界の『今、ここ』で切った断面が、三次元世界であります。 一生という四次元動画面の映画は、『今、ここ』という三次元静止画フィルムの積み重ねに過ぎないのです。 『今、ここ』にはじまり、『今、ここ』で終わるのが、わたしたちの一生です。 人生とは、すべてが『今、ここ』の中で繰り広げられているドラマなのです。 |