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Chapter 825 人生観と部分観 人生観とはまさしく個人つまり部分の人生観であります。 「全体と部分の相対性の法則」においては、人生観などといったものはなく、部分観に過ぎません。 全体観には人生観などないわけです。 全体観で生きている他の生き物には人生観などありません。 「在り方」一如で生きている他の生き物には人生観などありません。 部分観で生きている人間だけに人生観があるのですから、人生観というわけで、犬生観とか、ライオン生観などありません。 「在り方と考え方」で生きている人間だけに人生観があるのです。 無知性の絶対一元論で生きている他の生き物には人生観などありません。 「二元論」の好いとこ取りである相対的一元論で生きている人間だけに人生観があるのです。 運動の光と音(喧噪)の世界である全体宇宙の誕生・生・死の三つの基本法則がベースになった、「二元論」・「全体と部分の相対性の法則」・「在り方と考え方」の共通要因が全体観であり、個別要因が部分観(人生観)に外ならないのです。 人間だけにある人生観こそが、四苦八苦の正体であります。 台風や地震に遭遇する人間社会だけが、災害と取っているだけで、まさしく四苦八苦の人生観の体現であるわけです。 他の生き物は台風や地震を災害とは取っていません。 飽くまで運動の法則に基づいているだけだと捉えています。 部分観である人生観を持つ限り、四苦八苦から逃れることはできません。 文明とは部分観の増長に過ぎません。 部分観が増長すると、機械の部品が勝手に動き出しているようなものですから、機械全体にも支障を来すことになり、全体観である機械は増長した部品を排除しようとします。 それが台風であり、地震であり、人間社会は自然災害・天災と捉えているわけです。 科学が発達して、文明を進化させても、所詮は部分観の増長に過ぎないことを、人間社会はいい加減知らなければなりません。 「二元論」・「全体と部分の相対性の法則」・「在り方と考え方」という、運動の光と音(喧噪)の世界である全体宇宙の誕生・生・死の三つの基本法則が分化した結果、地球に与えられた法則に基づいた生き方をしない限り、自然災害はますます激しさを増すことは必定であります。 二十一世紀は二十世紀までの人間社会を見直す世紀だと言っても過言ではありません。 その警鐘が、後進国における人類の異常発生であり、先進国における高齢化・少子化現象の亢進であるのです。 |