Chapter 827 夢=示唆

夢は記憶の再生です。
つまり過去の出来事の再生です。
夢は想像の再生です。
つまり未来の出来事の再生です。
従って、記憶は想像に外なりません。
従って、過去は未来に外なりません。
記憶と想像の交差点が夢であります。
過去と未来の交差点が夢であります。
わたしたちは、過去は過ぎ去ったことで引き戻すことは不可能だと思い込み、未来は未だ来ぬことで、これもまた、呼び込むことは不可能だと思い込んでいます。
ところが夢では可能にしている。
“宇宙は膨張し続けている”
現代では定説になっています。
遠い星がどんどん赤くなっているのだから、どんどん遠ざかっている。
つまり膨張している。
しかし、膨張し続けることは有り得ない。
膨張すれば収縮をする。
膨張と収縮は必ず繰り返す。
山と谷は交互にやってくる。
従って、宇宙も膨張と収縮を交互に繰り返している筈です。
誕生・生・死という円回帰運動の最長形態が一生であり、最短形態が一息であり、その間に無数の誕生・生・死という円回帰運動がある。
夢はそれを体現しているのです。
生・死、オス・メス、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富、幸・不幸、天国・地獄・・・健康・病気、神・悪魔の二元要因を補完要因と捉えずに、対立要因と捉え、挙げ句の果てに、好いとこ取りの相対的一元論に陥っているのは、宇宙は膨張し続けているという妄想が原因であり、時間は過去から未来への一方通行だという妄想が原因であり、エネルギーは必ず使用可能なものから、使用不可能なエントロピーへの一方通行だという妄想が原因であるのです。
誕生・生・死の円回帰運動の最長形態である一生の観点に過ぎない妄想であるわけで、最短形態の一息においても、また一生と一息の間にある無数の誕生・生・死の円回帰運動の観点では、膨張と収縮、過去と未来、使用可能のエネルギーとエントロピーは繰り返しているのです。
夢の中で記憶と想像が交差し、過去と未来が交差することが、その証左であります。
わたしたちは寝ても起きても夢を観ています。
昼間も白昼夢を観ています。
夢か現実かの違いは、意識が眠っていたら、それはすべて夢であり、意識が醒めていたら、それはすべて現実であるのです。
それが二元論世界の法則です。
まさしく、わたしたちは好いとこ取りの相対的一元論の考え方で生きている。
宇宙は膨張し続けている。
時間は過去から未来へ流れている。
エネルギーは使用可能なものから使用不可能なエントロピーに流れている。
物理学で言うところの三本の時間の矢の流れは、誕生・生・死という円回帰運動の最長形態である一生から、最短形態である一息まで、双方向に流れているのであって、一方通行ではないのです。
好いとこ取りの相対的一元論という勘違いをしているのは、三本の時間の矢を一方通行だと思い込んでいるからであり、畢竟、時間は過去から未来への一方通行だと思い込んでいる点に収斂しているのです。
夢とは勘違いの人生を示唆しているのであり、それが又、わたしたちの眠りの一生を示唆しているのでもあります。