Chapter 831 相対性理論と絶対性理論

相対性理論では光だけが絶対的で、それ以外のものはすべて相対的です。
光の速度だけが絶対的であり、それ以外のものの速度はすべて相対的です。
速度とは時間です。
従って、光以外のものの時間は絶対的なものではなくて、相対的なものというわけです。
わたしの時間と、あなたの時間とは違うというわけです。
わたしがいま5時30分というのと、あなたがいま5時30分というのは同じではないというわけです。
1905年に発表されたアインシュタインの特殊相対性理論の骨子であります。
わたしたちは、重さと質量は同じものだと思っています。
物理学では、運動系宇宙、つまり、運動の光と音(喧噪)の宇宙では、重さのことを重力質量と言い、質量のことを慣性質量と言って、質量には二種類のものがあり、同じ物体の重力質量と慣性質量は常に等しいことを等価原理と言います。
従って、運動の光と音(喧噪)の全体宇宙では、すべての物理法則が働く、つまりニュートンが発見した万有引力が成立するというわけです。
1915年に発表されたアインシュタインの一般相対性理論の骨子です。
万有引力とは、すべての物体つまりマクロの宇宙からミクロの素粒子に至るまで普遍的に作用する引力があり、その大きさは二つの物体の質量の積に比例し、距離の二乗に反比例するというものです。
平たく言えば、宇宙に存在する物体は、決して固有に独立して存在するものではなくて、お互い影響を及ぼし合っているということであり、物体が存在する宇宙は、運動系宇宙つまり運動の光と音(喧噪)の全体宇宙のことでありますから、静止の暗闇と沈黙の絶対宇宙には適用されないわけです。
物質は静止の暗闇と沈黙の絶対宇宙にも、運動の光と音(喧噪)の全体宇宙にも存在する概念ですが、物体は運動の光と音(喧噪)の全体宇宙だけの概念であります。
つまり物理法則は運動法則に過ぎないわけで、静止法則には成り得ないのです。
わたくしが主張する、「二元論」、「全体と部分の相対性の法則」、「在り方と考え方」は、運動系にも静止系にも適用される法則であります。
「二元論」における相対的一元論。
「全体と部分の相対性の法則」における部分観。
「在り方と考え方」における考え方。
という固有項が、運動系つまり運動の光と音(喧噪)の全体宇宙における相対性法則であります。
「二元論」における、相対的二元論。
「全体と部分の相対性の法則」における全体観。
「在り方と考え方」における在り方。
という共通項が、静止系つまり静止の暗闇と沈黙の絶対宇宙における絶対性法則であります。
わたしたちは生きている、つまり、運動しているから、運動系の相対性法則に支配されていることは確かであります。
生は死の不在概念であり、死が実体であるとする「二元論」。
生は部分観であり、死が全体観であるとする「全体と部分の相対性の法則」。
生は考え方であり、死が在り方であるとする「在り方と考え方」。
誕生・生・死という円回帰運動が、一生という最長形態から、一息という最短形態の間に無数にあるわけですから、運動系の相対性法則だけでは、片手落ちどころか、実体を捉えていない、単なる概念であり、まさしく、「考え方」であります。
実体は静止系の絶対性法則にこそあるのです。
相対性理論は飽くまで「考え方」だけの世界観であり、人間だけの世界観であると言っても過言ではありません。
絶対性理論が「在り方」の世界観であり、他の生き物の世界観であります。
誕生・生・死という円回帰運動における、生だけに相対性理論が適用され、誕生と死には絶対性理論が適用されるのであります。
誕生・生・死が随所に在り、生は誕生(死)の部分観であるわけですから、相対性理論は所詮、絶対性理論の部分観であり、絶対性理論を看破しない限り、真理を知ったことにはならないのです。