Chapter 834 神(光)と律法(時間)

わたしたち人間社会だけに、律法(法律)という戒めがあります。
自然つまり宇宙の法則に則して生きている他の生き物には、律法(法律)などありません。
在るのは宇宙の法則つまり自然の掟だけであり、掟は律法(法律)のように明文化などしていません。
明文化している律法(法律)はいい加減に破られ、明文化していない掟は厳しく守られる。
律法(法律)という戒めの中で最も古くて、現代にまで踏襲されてきたのが旧約聖書の十戒であります。
“汝殺すなかれ”
“汝盗むなかれ”
“汝姦淫するなかれ”
この三つは現代の法律にまで及んでいる。
“汝嘘をつくなかれ”
“汝隣人の所有するものを欲するなかれ”
“汝父母を敬え”
“汝六日働き、七日目を安息日として休め
この四つは現代人間社会の道徳観として踏襲されている。
“汝わたし以外の神を信ずるなかれ”
“汝偶像崇拝するなかれ”
“汝神の名をみだりに唱えるなかれ”
この三つが、人間社会を錯覚の世界観に落とし込んだ張本人であります。
相対性理論はまさに十戒の現代版に外なりません。
十戒の最後の三つを科学という名において置き換えたものに外なりません。
神を光に置き換えただけのことであります。
特殊相対性理論では、光だけが絶対的で、それ以外のものはすべて相対的だと言っています。
一般相対性理論では、物理法則(万有引力)は宇宙全体に及んでいて、重力質量と慣性質量は等しいと言っています。
“汝わたし以外の神を信ずるなかれ”
“汝偶像崇拝するなかれ”
“汝神の名をみだりに唱えるなかれ”
を相対性理論風に置き換えてみましょう。
“光(神)だけが絶対者であり、すべてのものは神の支配下(万有引力の影響下)にあり、光(神)以外のものはすべて相対的である(信じてはならない)”
そして更に、光の名(神の名)において、三次元空間(人間社会)の上に四次元時空間(時間という律法)を捏造して三次元空間(人間社会)を支配させた。
まさに、支配・被支配二層構造の差別・不条理・戦争の横行する社会の構築であります。
運動の光と音(喧噪)の全体宇宙では相対性理論は確かに有効でありますが、静止の暗闇と沈黙の絶対宇宙では全く無力であります。
光は、静止の暗闇と沈黙の絶対宇宙から、ビッグバンによって、運動の光と音(喧噪)の全体宇宙が誕生した直後のX粒子の対消滅によって誕生したのですから、光という神も絶対宇宙の落とし子に過ぎません。
“神が天地創造主であるなら、天地創造主を創造したものは何か?”
という鼬ごっこの堂々巡りに嵌り込みます。
“無から有が誕生した”のですから、神(光)といえども、無を超えることはできないのであります。
相対性理論は有の理論であり、無の理論には適用できないのです。
無の理論に適用できるのが、絶対性理論であることは言うまでもありません。
わたしたちは、無(誕生)から有(生)、有(生)から無(死)の繰り返し動作をすることで生きているのですから、有の理論だけでは生きてゆけません。
況してや、死に向かって一瞬一瞬(『今、ここ』)を行進しているのですから、有の理論は障害になっても、支えにはなり得ません。
有の理論(相対性理論)を包含した無の理論(絶対性理論)を理解しない限り、十戒は破られるためのものに過ぎません。
自然の掟(絶対性理論)を厳しく守っている他の生き物にとっては、十戒(相対性理論)などは無用の長物以外の何者でもありません。