|
Chapter 842 偽モノ社会から本モノ社会へ 現代社会は偽モノ社会の極みに達しています。 極みに達しているということは、反転時期に差し掛かっていることに外なりません。 夜明け前の真っ暗闇と言い換えてもいいでしょう。 円回帰運動は山あり谷ありの三角関数曲線運動に外ならないから、現代社会はさしずめ谷底状態であります。 山あり谷ありの三角関数曲線の一周期は2π(360°)つまり一円周と決まっていますが、個人個人の円回帰運動にも最長形態の一生から最短形態の一息があるように、人類の歴史においても最長形態から最短形態までがある。 円周率はπと決まっているが、円周の長さはそれぞれあるわけです。 1π(180°)つまり半円が決まれば、円の大きさ(円周の長さ)は決まる。 従って、反転時期というのは極めて重要な時期であるわけです。 わたしたち人間の身体というのは7年周期で変化すると言われ、35才や42才の厄年も7年周期の一環であり、7年毎の節目が反転時期であることを示唆しているのであります。 二十一世紀が人類の歴史の反転時期とする最大の根拠は、二元論の極致現象、つまり、生・死、オス・メス、善・悪、強・弱、賢・愚、貧・富、幸・不幸、天国・地獄という二元要因の(都合)好いとこ取りが極致に達した結果起こる格差現象であり、東西世界が消滅し、南北世界の格差が極致に達して、人類の大群発生現象が起こっている点であります。 貧困に喘ぐ南世界(後進国)では人口の爆発的増加が起こる一方で、成金・拝金主義に嵌った北世界(先進国)では高齢化・少子化現象が起こっているのが、人類の大群発生の二極現象に外ならないのであります。 末法思想は世紀末毎に発生しますが、人類の大群発生は歴史上はじめてのことであり、凡そ末法思想とは掛け離れた物理的現象であるのです。 歴史は是々非々つまり善悪の物差しで計りますが、善悪の物差しは強弱の物差しに外なりません。 歴史をつくるのは常に勝者(強者)であり、勝者(強者)は常に善者であり、善者は常に賢者であり、賢者は常に富める者であり、富める者は常に幸福な者であり、幸福な者は常に天国に行ける者であり続けてきた、男性(オス)社会の歴史でありました。 差別・不条理・戦争の社会であり続けてきたのです。 しかし、勝者(強者・善者・賢者・富者・幸福者・天国者・オス)であっても、敗者(弱者・悪者・愚者・貧者・不幸者・地獄者・メス)であっても死は公正に襲ってきます。 しかし、勝者(強者・善者・賢者・富者・幸福者・天国者・オス)であっても、敗者(弱者・悪者・愚者・貧者・不幸者・地獄者・メス)であっても病気は公正に襲ってきます。 真の二元論に則して言えば、歴史をつくるのは勝者(強者・善者・賢者・富者・幸福者・天国者・オス)でもなければ、敗者(弱者・悪者・愚者・貧者・不幸者・地獄者)でもない、宇宙の法則に則しているだけのことだと言えるのです。 物理的現象とは運動の光と音(喧噪)の世界で適用される法則であり、静止の暗闇と沈黙の世界で適用される法則ではないのです。 「二元論」の(都合)好いとこ取りの相対的一元論に過ぎない。 「全体と部分の相対性の法則」の部分観に過ぎない。 「在り方と考え方」の考え方に過ぎない。 人類の大群発生が、偏った(都合)好いとこ取りの相対的一元論の歴史観に対して、反転時期に差し掛かっていることの警鐘を鳴らしているのであります。 |