Chapter 903 悟り・覚醒・愛のメッセージ

知性の有る生き物・人間と知性の無い生き物との違いは、言葉を有しているか、言葉を有していないかの差であると言い換えてもいいでしょう。
知性には功罪両側面があり、科学が功側面であり、悟り・覚醒・愛の不在が罪側面であると述べました。
わたしたち人間だけが悩み・四苦八苦の人生を送っている原因は、悟り・覚醒・愛の不在にあるのです。
功罪両側面も功・罪二元論ですから、科学が悟り・覚醒・愛を阻んでいるわけであり、科学万能と信じ込んでいる人間だけが悟り・覚醒・愛と無縁の生き方、つまり、「偽の二元論」・「全体と部分の相対性の部分観」・「在り方と考え方の考え方」で生き、科学と無縁の他の生き物はみな悟り・覚醒・愛の生き方、つまり、「真の二元論」・「全体と部分の相対性の全体観」・「在り方と考え方の在り方」で生きているのです。
知性の功罪両側面の功側面である科学が言葉であると言い換えてもいいでしょう。
言葉が悟り・覚醒・愛を阻んできた。
(A・I・U・E・O)ア・イ・ウ・エ・オ
(KA・KI・KU・KE・KO)カ・キ・ク・ケ・コ
(SA・SI・SU・SE・SO)サ・シ・ス・セ・ソ
(TA・TI・TU・TE・TO)タ・チ・ツ・テ・ト
(NA・NI・NU・NE・NO)ナ・ニ・ヌ・ネ・ノ
(HA・HI・HU・HE・HO)ハ・ヒ・フ・ヘ・ホ
(MA・MI・MU・ME・MO)マ・ミ・ム・メ・モ
(YA・YI・YU・YE・YO)ヤ・イ・ユ・エ・ヨ
(RA・RI・RU・RE・RO)ラ・リ・ル・レ・ロ
(WA・WI・WU・WE・WO)ワ・イ・ウ・エ・ヲ
ン(MN)
これらの文字はア(A)・ウ(U)・ン(MN)という三つの音が細分化されたものであり、語彙(単語)はこれらの文字の組み合わせで構成されたものであり、文章は語彙(単語)の組み合わせで構成されたものであり、言葉とは文章であり、言葉こそが考え(連想)に外ならない。
ア(A)・ウ(U)・ン(MN)という音を細分化することで悟り・覚醒・愛を失ってきたと言っても過言ではない。
交尾の時期がやってくると愛のメッセージをオスが発する鳴き声はア(A)・ウ(U)・ン(MN)の音で構成されています。
“彼らは悪であり、我らは善である(カレラハアクデアリ、ワレラハゼンデアル)”と一年365日叫び続けて差別・不条理・戦争を繰り返す人間のオスが発する言葉はア(A)・ウ(U)・ン(MN)の音を細分化した(ア・イ・ウ・エ・オ)(カ・キ・ク・ケ・コ)(サ・シ・ス・セ・ソ)(タ・チ・ツ・テ・ト)(ナ・ニ・ヌ・ネ・ノ)(ハ・ヒ・フ・ヘ・ホ)(マ・ミ・ム・メ・モ)(ヤ・イ・ユ・エ・ヨ)(ラ・リ・ル・レ・ロ)(ワ・イ・ウ・エ・ヲ)(ン)で構成されたものであります。
ア(A)・ウ(U)・ン(MN)だけなら愛のメッセージになるのに、(ア・イ・ウ・エ・オ)(カ・キ・ク・ケ・コ)(サ・シ・ス・セ・ソ)(タ・チ・ツ・テ・ト)(ナ・ニ・ヌ・ネ・ノ)(ハ・ヒ・フ・ヘ・ホ)(マ・ミ・ム・メ・モ)(ヤ・イ・ユ・エ・ヨ)(ラ・リ・ル・レ・ロ)(ワ・イ・ウ・エ・ヲ)(ン)まで細分化するから差別・不条理・戦争の叫びになるのです。
わたしたち人間は言葉ひとつで、
生にも死にもなり、
オスにもメスにもなり、
善にも悪にもなり、
強にも弱にもなり、
賢にも愚にもなり、
富にも貧にもなり、
幸福にも不幸にもなり、
天国にも地獄にもなり、
・・・・・・・・・・・・・・・・・、
健康にも病気にもなり、
神にも悪魔にもなり、
・・・・・・・・・・・・・・・、
過去にも未来にもなる、
差別・不条理・戦争の世界に生きているのです。
他の生き物たちはア(A)・ウ(U)・ン(MN)の音だけで、
生も死もない、
オスもメスもない、
善も悪もない、
強も弱もない、
賢も愚もない、
富も貧もない、
幸福も不幸もない、
天国も地獄もない、
・・・・・・・・・・・・・・・・・、
健康も病気もない、
神も悪魔もない、
・・・・・・・・・・・・・・・、
過去も未来もない、
悟り・覚醒・愛の世界に生きているのです。