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Chapter 905 阿吽(あうん)の意味 円回帰運動における誕生がア(A)であり、死が・ウ(U)であり、ン(MN)が生であります。 最短形態の一瞬から1息・1秒・1分・1時間・1日・1ヶ月・1年そして最長形態の一生の間にある無数の円回帰運動にア(A)・ウ(U)・ン(MN)が当てはまります。 吐く息がア(A)です。 吸う息がウ(U)です。 吐く息と吸う息の折り返し点がン(MN)です。 わたしたちが所謂生きているというのは、音で表すとン(MN)であり、息で表すと吐く息と吸う息の折り返し点なのです。 吐く息(死)と吸う息(誕生)は明白なのですが、吐く息と吸う息の折り返し点である生は掴み難い。 静止と運動(静止・運動) 暗闇と光(暗闇・光) 沈黙と音(沈黙・音) 静止・運動を運動と捉えているから静止を掴み難い。 暗闇・光を光と捉えているから暗闇を掴み難い。 沈黙・音を音と捉えているから沈黙を掴み難い。 静止・運動の物理学を運動理論(相対性理論)と捉えているから静止理論(絶対性理論)を掴み難い。 絵は暗闇・光で構成(合成=synthesize)されているのに、光(色)だけで捉えているから、暗闇(無色)が掴み難い。 音楽は沈黙・音で構成(合成=synthesize)されているのに、音だけで捉えているから、沈黙(ン(MN))が掴み難い。 絵の要諦(芸術性)は光(色)にあるのではなく、暗闇(無色)にある。 音楽の要諦(芸術性)は音符(音)にあるのではなく、休止符(沈黙)にある。 言葉の要諦(芸術性)は(ア・イ・ウ・エ・オ)という母音にあるのでもなく、(カ・キ・ク・ケ・コ)(サ・シ・ス・セ・ソ)(タ・チ・ツ・テ・ト)(ナ・ニ・ヌ・ネ・ノ)(ハ・ヒ・フ・ヘ・ホ)(マ・ミ・ム・メ・モ)(ヤ・イ・ユ・エ・ヨ)(ラ・リ・ル・レ・ロ)(ワ・イ・ウ・エ・ヲ)という子音にあるのでもなく、(ン)という沈黙の音にある。 阿吽の境地とは阿の境地でもなく、吽の境地でもなく、阿吽を超えた境地に外ならないのです。 阿吽とは阿吽(あうん)ではなく、阿吽(あ・う・ん)であり、ア(A)・ウ(U)・ン(MN)であるのです。 |